2015年10月16日

新番組「ラジオ玉手箱」は、レトロを越えた、コアな昭和へお連れします。

 ラジオ高崎で新番組を始めました。

「ラジオ玉手箱」、

        毎週金曜 11:00 AM からの番組で、11時25分くらいから、キーウィ佐藤が登場して、コアな話をいたします。お相手は、長年のパートナー、田野内明美アナ。


 本日放送したのは、昭和30年ころの黒柳徹子のぶっちゃけぶりということで、子供向けラジオドラマ「ヤン坊・ニン坊・トン坊」と「チロリン村とクルミの木」のピーナツのピーコちゃん、音入りで紹介しました。徹子さんが冴子さんを演じた「一丁目一番地」も。「一丁目一番地カルタ」というのがあって、「ラ」の札には冴子さんの絵が描いてあって、読み札は「ライスカレーならお手の物」です。


 毎週、できるだけ誰もしらない話を持っていきます。

 来週はジャスト50年前の朝日新聞をもって、社会面記事、求人欄、雑誌広告や映画の惹句などにコメントいたしましょう(西郷輝彦ショーで、5月に続いてまた入口での将棋倒しが起きて警官が殉死したんですって。点数の悪かった生徒を座らせ、鉄パイプで流血の指導をした学校の先生のお話しもしましょう、あと連載小説「氷点」の一節も朗読します)。

 1965年10月23日、ベトナムに韓国軍兵士1万人到着、インドネシア情勢がきわめてヤバイです。今年見た映画「アクト・オブ・キリング」の背景は、ああ、こうだったのか、と夕刊を見て、よくわかりました。あの頃の新聞記者、すごくがんぱってた。

 今は全国で全国のラジオが聞けるんですね。「ラジオ高崎」で検索してください。

  http://tunein.com

スマホのアプリも便利です。  よろしければ ──金曜の昼前に。


posted by ys at 16:35| ラジタカ「エアー・プレイス」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

南雲堂、〈ホーソーン短篇全集〉國重純二個人訳、祝完結



 國重純二個人訳『ナサニエル・ホーソーン短編全集』第三巻(南雲堂)が刊行されました。
 第一巻(1990)、第二巻(1999)とあわせ、全巻完了です。
 一昨年12月14日に亡くなられた氏の、遺稿の整理とフォローアップについては、平石貴樹氏の統括のもと、高尾直知氏を中心に行われました。その経緯は、巻末「あとがき」に簡略に書かせていただきました。完成までには、荒木純子さん、上原正博さん、舌津智之さん、中野学而さん、日比野啓さん、藤村希さん、宮本文さんの手が入っています。
ほぼ未訳だった三篇に関しては、柴田元幸さんと私とで仕上げました。

 前2巻では、巻末の解説が評判でしたが、その役目は高尾さんが引きついで、充実した仕上がりになっていると信じます。
 

                        IMG_1752.jpg

 第三巻、所収26篇のラインアップ
《1843年初出の作品》
1「りんご売りの老人」 The Old Apple-Dealer
2「古い指輪」 The Antique Ring
3「空想の伝導」 The Hall of Fantasy
4「新しいアダムとイヴ」 The New Adam and Eve
5「痣」 The Birthmark
6 「利己主義、もしくは胸中の蛇」 Egotism; or the Bosom-Serpent
7「人生の行列」 The precession of Life
8「天国鉄道」 The Celestial Rail-road
9「蕾と小鳥の声」 Buds and Bird-Voices
10「可愛いダッファダンデリー」 Little Daffydowndilly 
11「火を崇める」 Fire-Worship
《1844年初出の作品》
12「クリスマスの宴」 The Christmas Banquet
13「善人の奇跡」 A Good Man’s MIracle
14「情報局」 The Intelligence Office
15「地球大燔祭」 Earth’s Holocaust
16「美の芸術家」 The Artist of the Beautiful
17「ドラウンの木像」 Drowne’s Wooden Image
18「選りすぐりの人々」 A Select Party
19「自筆書簡集」 A Book of Autographs
20「ラパチーニの娘」 Rappaccini’s Daughter
《1845年初出の作品》
21「P─市の手紙」 P.’s Correspondence
《1850年初出の作品》
22「大通り」 Main-Street
《1852年初出の作品》
23「イーサン・ブランド」 Ethan Brand
24 「人面の大岩」 The Great Stone Face
25「雪人形」 The Snow-Image
《1852年初出の作品》
26 「フェザートップ」 Feathertop

posted by ys at 16:21| イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月18日

自衛隊員だけの問題じゃない、国民の精神に迫る危険。

「これが衆議院議場なのか」

健一は、テレビで見た衆議院議場を目のあたりにして圧倒されました。

「ここで、たくさんの法律が決められます。」

案内の人が説明してくれました。

(ここで国の法律を決める。ぼくらは校庭遊びのきまりも守れないのに……)


以上は文部科学省刊『私たちの道徳 小学校五・六年』のなかの一章、「きまりは何のために」と題する一課の読み物の冒頭です。

良い生徒(名前は健一)が比較しているのは、国会と小学校の「代表委員会」。そこで決まった校庭使用のルールは、悪い生徒──なぜか名前が明(アキラ)と鉄男とういのですが──の我が儘によって踏みにじられた。国会議事堂で生徒たちは、不思議な感動にうたれます。


(国会議員の人たちは、大事なことを、衆議院、参議院の二か所で順番によく話し合って決めている。議員の人たちは、様々なことを調べ、考えて、国のきまりを作っているんだ)


 国会見学の後、明も鉄男も反省をします。二人は新しいゲームの発売日に、早く遊んで帰ろうと、下級生の使用時間に割り込んでサッカーをしたのでした。


「きまりを軽く考えて、自分だけはいいかなんて……勝手だった」


●国会議事堂という神聖な場の雰囲気に圧倒されて、心を入れ替える子供達。(そこで行われている議論について学んで、ではありません。理性的な教育によってではない)この一課は何を教えようとしているのでしょう。現実の観察よりも、思考を停止させ、権力に畏れをいだいて従うことでしょうか。

●この教材で授業をさせられる先生方にしてみたら、まじに怖いですしょうね。だって教材自体が、「余計なことを考えさせるんじゃない」という脅しになっているわけです。特に昨今の、憲法の扱いと、国会強行採決の出来事の後では、この課で何を言うのか──ほとんど「踏み絵」のようだ。


●今回の法案通過が持つ意味については、多くのすでに繰り返し述べています。

 数の力を持つ者が、自分たちの利益を追求するために、「思考」を排除し、商品宣伝のやり方で、テレビ大衆を丸め込もうとするのが、認められてしまうこと。

 独裁的な権力が、繊細な「思考」を排除し弾圧するのは、かなり一般的なことです。ネット化した自由社会でなお、それが容易く行えるとしたら、無知の闇からの知の解放はどんどん難しくなってしまう。

 とにかく子供達が、「世の中には、考えてはいけないことがあるんだ」というふうに学んでしまわないように。あきらめを植え付ける教育が、今日一日で進んでしまわないように、防御していきたいものです。


続きを読む
posted by ys at 10:25| 生活と意見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月03日

表象文化論学会で、『重力の虹』実写絵巻を披露します。

今週末の表象文化論学会、先にブログに書き込んだ日にちに誤記がありました

日曜日は6日ではなく、5日です。 


あらためて投稿します。


 『重力の虹』のパネルが企画されているので、お知らせします。

7月 日(日)16:30-18:30
早稲田大学戸山キャンパス
32号館1階128教室


*日曜日のため戸山キャンパス正門は閉まっていますが、守衛に声をかけてお入りください。
参加費:非会員の方は1000円で日曜全日「当日会員」になれます。


大会プログラム
http://www.repre.org/conventions/10/



企画パネル:『重力の虹』を読む


            佐藤良明

            門林岳史(関西大学)

            武田将明(東京大学)

            麻生享志(早稲田大学)=ディスカッサント


これまで「アメリカ文学」の研究会では取り上げられてきた作品ですが、新訳が出回って、いよいよ学際的な議論が盛りあがろうとしています。
 パネルには、マクルーハン研究とポストヒューマン論で知られるメディア文化論者・門林岳史さん。および、最近も『ガリバー旅行記・徹底註釈』を上梓された英文学研究の俊英で、文芸批評でも活躍中の武田将明さん。スウィフトの時代とデジタル環境における人間再編の時代、「〈近代〉の始まりと終わりを繋ぐ視座から、人間的限界も踏み越えて、近代の根底にある匿名の欲望と、それに肉薄するテクストのありようを示す」ようなパネルになることでしょう。

 佐藤自身は、今月ドイツで、スロースロップの後追いの旅を敢行。その写真を披露しながら、20世紀最大級のカリスマとしての〈ロケット〉と、それに食らいついた20世紀最大級の小説とのと剛胆なる繋がりについて、お話しします。コメンテーターおよび場内討議の統括者として、ピンチョン研究のベテラン、麻生享志さんにも入っていただきました。

参加はすべての方にオープンです。Everybody welcome to (hot and cool) discussions!


   ロケット製造トンネルのあったノルトハウゼンに到着(『重力の虹』第三部冒頭参照)

IMG_0776.jpg



見えたぞ、ロケット

IMG_1234.jpg



posted by ys at 22:11| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月22日

『インヒアレント・ヴァイス』予習のページ


 わからない映画、にしてしまっては勿体ないので、『インヒアレント・ヴァイス』を観に行く前に、どうぞ、予習をしてください。この映画、筋を事前に知っても「ネタバレ」とはならない、そういう映画ですのでご安心を。

     サトチョン作成の登場人物一覧

     (以前から掲示しているものです。クリックすると拡大します)


●中央の初老男がミッキー・ウルフマン。ユダヤ系の大物デベロッパー。

  このミッキーと、ドッグの元カノ、シャスタが、どういうわけかくっつきました(『競売ナンバー49の叫び』では、同じカリフォルニアの土地開発で巨利を得たピアス・インヴェラリティが、エディパを恋人にしていましたね)。映画の冒頭で、久しぶりのシャスタがいきなりドックのオフィスに現れて、ミッキーの失踪について調べてくれといって去っていきます。

  シャスタのヒッピー思想の影響かどうか、ミッキーはいままでの強欲を悔いて、人は無料で土地に住むのが本来の姿だと悟る(小説では、ネバダの砂漠に大規模な無料の居住施設を建設している)のですが、そんなことを〈かれら〉が許すはずはありません。〈かれら〉とは、アメリカを背後で操る、カネと権力の結託した反動勢力です。

  ミッキーはクリスキロドンという施設に入れられてしまいます。金持ち向けの精神治療施設をよそおった、〈かれら〉による洗脳施設──ちょっとパラノイア的ですね。これぞピンチョンの世界。

  ミッキーの妻スローンは、リッグズ・ウォーブリングという逞しい大男(ミッキーの雇った建築家)を愛人にしている。家にはお色気丸出しのメキシコ系メイド、ルスがいて、探偵ドックに味方します。


シャスタの次に、ドックのもとに依頼にきたのは、タリクという黒人。武装をめざす黒人過激派なのだだけれど、ム所で知りあったネオナチのグレン・チャーロックを捜してくれという依頼だ。グレンは、ミッキーに雇われたボディーガード団の一員。

  “アタマがおかしく” なる前にミッキーがやっていたロス再開発の一環に、黒人居住区の壮大な宅地化の仕事があった。その名も立派な「チャンネル・ヴュー・エスエイツ」。この建設現場で “ペロペロ・スペシャル”の商売をやっていたのが、ジェイドとバンビで、その店に入ったドックは頭に一撃をくらう。気がつくと、同じ一味の仕業だろう、グレン・チャーロックは殺害された後だった。

 ミッキーがヒッピーとくっついちゃうのもありえない話ですけど、ブラックパンサーと白人至上主義者との間に、武器供与の約束が成立するというのもありえない話で、でもそこをくっつけてしまうのがピンチョン。おまけにタリクはグレンの妹クランシーとできちゃいます。この「ありえなさ」、非常識的解放感、がピンチョンの味なんですね。


 ウルフマンの一件ではFBIが動いていて、フラットウィード(つぶれたハッパ)とボーダーライン(境界性人格障害)という名前をもつ二人が、ドックに関心をもちます。ロス市警は腐敗しているものの、この一件で動き出した “ビッグフット” ビョルンセン刑事は、映画中もっとも大胆にヘンなやつで、フローズン・バナナを舐めながら、英文科の教授みたいな言葉づかいでヒッピーを虐め、でも根はいいやつで、演じるジョシュ・ブローリンのド迫力にはきっと圧倒されるでしょう。

  ビッグフットとドックは、水と油の関係であるはずなのに、ピンチョンはここでも、相反するものをリンクさせ、二人の絆が強まっていく方向に話をもっていきます。ビッグフットの相棒が〈かれら〉に抹殺されていて、殺害を手掛けたのが、エイドリアンと彼の手下のパック・ビーバートン。パックはミッキー・ウルフマンに雇われた一人でもある。なぜか洗脳施設にもいて、シャスタのヌードが描かれたネクタイを持っているのだが、詳しい事は重要でない。〈かれら〉に使われる殺し屋、という理解で十分だ。

  〈かれら〉──大文字の They──とは『重力の虹』に出てくる表記をサトチョンが勝手に借用しているものですが、こちらの話で、邪悪な影の支配者は「ゴールデン・ファング」というシンボルによって括られています。ピンチョンの小説では、実体を曖昧にしたまま、シンボルだけが浮遊するということがよくあるんです。『競売……』の「トリステロ」もそうでした。『V.』におけるV.(歴史を操る女)は、まさにそれ。


Golden Fang(金の牙) は、具体的に、3つの現れ方をします。

 @船。美しいスクーナー帆船です。ミッキーとシャスタはこれに乗って、遠くへ連れて行かれた。この船は〈かれら〉による、ベトナム地域からのヘロインの輸送にも使われています。ヘロインの事業をマネージしている一人が、図の右上の、クロッカー・フェンウェイ。(その娘のジャポニカは家出の常習犯で、過去にドックは、フェンウェイからの依頼で彼女を連れ戻したことがある。)

 A歯科医師の団体が税金逃れのために起ち上げたとされるオフィス。ドックとシャスタのシックスティーズの想い出の場所は、この時代、Golden Fang の建物──すごいですよ、金の牙の形をした巨大なビル──に変わってしまいました。その中ではコカイン狂いの歯科医ブラッドノイドが、女の尻を追っている。ヘロイン中毒患者は歯がボロボロになるので、歯医者のお得意さん──ということで、歯科医とヘロイン密輸は、Golden Fang のシンボルでつながる。

 B後から分かるのですが、洗脳施設クリスキロドンは、ギリシャ語で「金の牙」の意味なのだそうです。


それぞれ別個と見えるものが、同じ記号でひとつになる。背後に、共通のエージェントが見えてくる。それってパラノイアですけど、ピンチョンの小説は、読者をその状態に誘いこむのです。

  パラノイアに走ってしまいましょうか? こう考えるとスッキリしますよ──

 アメリカという国は暴力的なカネの力で動いている。クロッカー・フェンウェイのような、裕福な土地持ちが、ニクソンのような政治家の後ろ盾となる一方、陰でいろいろ企んでいる。東南アジアからのヘロインは、人民をコントロールするためにも使われている。ヘロイン中毒のミュージシャンを標的に、彼が過剰摂取で死んだと見せかけ、マインドコントロールして密告者や、擬装騒乱者として使う。そうして反体制のヒッピーや活動家をつぶしていく──。(なにか、パラノイアというには、あまりに現実味がありすぎますかね。この映画には、ニクソン本人もでてきます。その演説を、〈かれら〉に操られるコーイが「やらせ」で妨害します。)

 チャーリー・マンソンの事件を〈かれら〉が仕掛けたのではないにしても、60年代の希望を吹き消すようなことがこの時代、次々起こっていたことは知っておいていいと思います。『ヴァインランド』でも、連邦のカネが巻かれて、ヒッピーが密告者にされるようすが描かれました。

 そんな暗い時代に、ひとすじの光を呼び込む存在が、ホアキン・フェニックス演じるドックなんですわ。

 ドックが、一度壊れたコーイ・ハーリンゲンの家庭を修復する物語が、映画では小説以上にきわだっています。感動的。演じ手はオーウェン・ウィルソンとジェナ・マローン。かわいい幼女も出てきますよ。

 そして映画では、相棒を失ったビッグフットとの奇妙な連携プレーによる逆襲(パックとエイドリアンへの復讐)も、見事なアクション・シーンとして描かれています。


●図の左下には、ドックの仲間が並んでいます。

 不動産屋のリート伯母さん。(ドックの父母は小説には出てきますが、映画からはカット)

 ベニチオ・デル・トロ演じる、オタク弁護士ソンチョ。彼は安カフェで「連邦政府=FBIが、マフィアの手からラスヴェガスを部分的に奪還するためミッキーを必要とし、彼を誘拐した」ことを伝えます。

デニス(実は「ディーニス」というのですが、これは penis ──英語だと「ピーニス」──と韻を踏むところが重要で、そのおばかな味は、日本語では出せない)。このヒッピーのダメ男は、小説だと、もっとおかしいです。

 Dr. チューブサイドとその受け付けのペチュニア(監督のパートナー、マーヤ・ルドルフが演じている)、そしてドックのヒッピー仲間のうち、占星術にもウィージャ盤にも詳しく、精神的に頼りになるソルティレージュ(ミュージシャンのジョアナ・ニューサム)が語り手をつとめています。このアンダーソンのアイディアは成功しているといえるでしょう。



なおこの人物図には間違いが2つありました。

・中央トップのピザの晩餐会のようなシーンに「クリスキロドン」と書いてしまいましたが、ここはトパンガ・キャニオンにある、成功したサーフバンド「ザ・ボーズ」の屋敷です。

・ヒッピーをセックス・パートナーとしている、ペニー・キンボル(リース・ウエザースプーン)は地方検事補ですから所属は「検察局」でした。失礼をば。


posted by ys at 07:00| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月18日

「インヒアレント・ヴァイス」/「LAヴァイス」で、お呼ばれ

5月6日に、下北沢のB&Bで、佐々木敦さんとトークイヴェントのお知らせ。

それと、
5月17日、猫町倶楽部主催の、東京文学サロンと 東京シネマテーブルのコラボイベントに招かれ、お話しすることになりました。

よろしければお出かけください。サトチョンより。

posted by ys at 09:56| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

映画『インヒアレント・ヴァイス』本日4月18日公開


上映館情報


『キネマ旬報』で4月下旬号では、サトチョンのインタビュー記事に5ページ割いていただきました。インタビュワーの五所純子さんが、この映画について、「60年代から70年代にスライドしていくなかで失われたもの、その哀しみを滲ませつつ、それを小さなところで逆転するロマンチックな映像劇」と、卓抜に表現しています。

 私は、ドッグとビッグフットのこじれた友情について、安全ドラッグとしてのマリワナについて、アンダーソンにとってピンチョンへの傾倒は自然なことだということについて語り、これは将来的に名作となる、と予言させていただきました。


もうすぐ発売される『ユリイカ』5月号は、P・T・アンダーソン監督の特集で、柳下毅一郎さんと対談しました。


発言を一カ所だけ、プレビューします。


佐藤 映画のレベルでもうひとつ、小説よりくっきりと光が当たっているのがコーイ・ハーリンゲン(オーウェン・ウィルソン)ですね。ピンチョンは『ヴァインランド』以後、だいぶ人間よりの物語を書くようになりましたが、それでも、人が人を救う話が、コミック風味でなく成就しているというケースはこれが初めてなんじゃないかと。

 話をまとめ直すと、探偵ドックは三つの事件に関わるわけで、まずはシャスタに依頼されたミッキーの失踪事件、これは柳下さんもおっしゃるように手が届かない。二つ目のホープ(ジェナ・マローン)に依頼された、夫コーイは死んだことにされて実は生きてるんじゃないかという事件については、曖昧なところを残さずに解明されます。三つ目が、虐め役のビョルンセン刑事(ビッグフット)から、依頼などされずに降りかかってきた相棒インデリカート刑事の抹殺事件ですが、この三つの事件の犯人は──パラノイアになりきっていえば――みんな同じで、誰とは特定されない〈かれら〉となんです。影で歴史を操る人間たちね。ドックは〈かれら〉の一味の富豪クロッカー・フェンウェイと正々堂々渡り合って、コーイを引き戻し、そしてふたたび妻と子どもと暮らせるように計らう。このメロドラマをアンダーソンは曖昧にせずに描ききりました。ビッグフットの話と、シャスタとの話は、エンディングをちょっと変えてますね。。フリーウェイを走るドックの車のなかにシャスタがいるというのは、ちょっと余計だったかな、なんて僕自身は思いますけどね(笑)。

posted by ys at 08:20| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

『LAヴァイス』は4月18日公開。

『LAヴァイス』の日本公開の日取りが決定しました。

邦題が、変更になりました。
原題カナ表記で『インヒアレント・ヴァイス』です。


中央の、名なし中年男が、ミッキー・ウルフマンです。
面白そうでしょ。
『キネマ旬報』にも、いずれ紹介記事を書かせてもらいます。

Inherent Vice 登場人物 pict.jpg

posted by ys at 08:51| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月13日

And の意味をきちんと読むこと。

 しつこいようですが、毎日新聞の「誤訳」の背景を考えてみます。Dyab Abou Jahjah 氏の原文

  I am not Charlie, I am Ahmed the dead cop. Charlie ridiculed my faith and culture and I died defending his right to do so. 

を、

  私はシャルリーでなくアハメド。殺された警官です。シャルリーエブド紙が私の神や文化をばかにしたために私は殺された。

と縮めて、メッセージとして違うものにしてしまった。これは、見えにくいけれども、ジャーナリズムにおいてあってはならないことが起こってしまった「事件」だと思いますよ。

 長年英語の答案を見てきた経験から、「 and の解釈が難しかったのかな」とも思いました。

「and は順接だ」と考えて、「ばかにした、だから私は死んだ……」というつながりにしてしまうと、defending his right to do so のつながりが分かりにくくなってしまう。

「だから」ではなく「なのに」と訳せばよかったのです。

 たとえば−−「私はあなたのためにやっているの、なのにあなたの言うことを聞いているとまるで……」という文は、英語では

  I am trying to help you, and you tell me as if ……

という発想になる。この and を強めたいときは、and yet とか and still となることは比較的よく知られていますね。

  You can’t have your cake and eat it too.

という文は、昔は学校の英文法──文法項目じゃないんですが──の時間にふつう教わったものです。矛盾する二つの項目を and でつないでいるわけですね。and は論理的な言葉で、AとBが同時に成り立つ状況を示す。この文は、「cake を保持すること」と「食べちゃうこと」は、同時に成り立ちようがない、と言っているわけです。

 ★逆に or は A かBか、どちらか一方だ、ということを示す論理的な言葉です。  Eat your cake, or I will eat it. というふうに。

 それにしても、andの後、defending his right …… の部分を訳し落としてしまっては残念でした。ここはヴォルテールの──実は彼の伝記作家が彼が言ったと誤記した──「名言」を踏まえた、実に巧みな表現になっているのですから。

  I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.

  あなたの言うことには反対だが、あなたがそれを言う権利は、死んでも護る。

なんか昔の英語の先生みたいな言い方になってますかね。たしかに、このごろの英語教育の劣化を見るにつけ、サトチョンも白髪がふえてしまう思いをするんですよ。

「グローバルなコミュニケーション力」とかいって、何をやろうとしているんでしょう。大衆のペラペラ願望の尻馬に乗って、政治を動かし、教育を破壊しているだけじゃないですか。

 外国語の講読や、外国の文化や歴史の授業に力点が置かれていた時代、日本の新聞記者は、欧米の世界に動きを、もっと細やかに表現する努力をしていたと断言して良いでしょう。Toeic の点数ばかり強調され「大意を聞き取って解ればいい」ということになって、なにか異文化に生きる人々に対する構えが、非常に自己中心的な、大雑把なものになってませんか。なってるでしょう。

「表現」には、もちろん「正確さ」が求められる。グローバルな時代では、外国語の読みに正確さが求められる。当たりまえです。しかるに、このごろのジャーナリズムには、問題を起こさず、波風を立てず、無難に進める智慧の方が優先されているように見える。テレビも、新聞さえも。

 いえ、誤解しないでください。西洋式の「表現の自由」は絶対に規制してはならない、なんてことをサトチョンは考えておりません。

 キリスト教文化にもイスラム教文化にも、コトバを神として信仰する習慣がありますが、日本にそれはなく、むしろ「沈黙は金」とされる。言いたい放題、書きたい放題は、コミュニケーションの生態系を破壊します。西欧は、200年以上前の革命の時代からの脱皮を求められていると思う。

 でも情報を正しく摂取し、思考することを閉ざしてたらいけません。異文化間の軋轢が、世界情勢を危うくしてしまうかもしれないこれからの時期に、それはだめ。いまヨーロッパで何が起こっているか、きちんと知って、日本的コミュニケーションに慣れた人間として、世界に発言していくことが大事なのではないか。

 大事なのは「表現の自由」より、心配りも備えた「表現の技術」だと思うんです。それが足りずに、新聞まで「表現しない文化」に陥ってしまったら、もうそれ自体がカリカチュアではありませんか。

posted by ys at 13:00| 教え直そう、日本の英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

Inherent Vice 全米公開中

(ここにリンクした図は新しい記事に直接貼り付けて直しました)


映画を観る前に――Inherent Vice のあらすじを知っておこう。


ビーチ沿いにある私立探偵ドック[Joaquin Phoenix]の家に、昔の彼女でハリウッド女優修業中の美女のシャスタ[Katherine Waterston]が現れ、今の彼氏(不動産業の大物ミッキー・ウルフマン)が失踪した事件を調べてくれと依頼がある。不動産屋をしている叔母のリートに電話したドックは、ウルフマンがどれだけヤバイ人物かを知る。最新のプロジェクトが、低所得者層居住区での郊外型住宅地〈チャンネル・ヴュー・エステイツ〉の開発だとか。テレビをつけると、ロス市警ビョルンセン警部補[Josh Brolin]がヒッピーの恰好をして〈チェンネル・ヴュー〉の宣伝をしていた。この刑事とドックとは腐れ縁──永年いびられてきた。

 翌朝ドックは自分の事務所(LSD探偵社)に行くと、タリク・カーリル[chael Kenneth Williams]という黒人過激派の男が待っていた。ム所仲間で白人極右集団〈アーリンアン・ブラザーフッド〉に所属するグレン・チャーロックの居所をつきとめてくれ、という依頼。ウルフマン身辺警備は、この極右のギャングが当たっている。(原作第1章)


 〈チェンネル・ヴュー〉の建設地に向かうドック。隣りにある〈チック・プラネッツ〉のマッサージ嬢でアジア系のジェイド[Hong Chau]と金髪白人のバンビ[Shannon Collis]と話した後、オートバイの轟音が聞こえて、ドックはいきなり何者かに殴られ失神した。気がつくとロス市警のビッグフット<rョルンセンがいる。ここで殺人事件があった。袋に入った死体はグレン・チャーロック。殺しの嫌疑をかけれらたドックは、市警の建物から友人のオタク弁護士ソンチョ[Benicio Del Toro]への電話を許される。ビョルンセンはドックから捜査のネタを仕入れられると踏んで彼を釈放する。

 ドックの事務所に若い女から電話がある。会いにいくとホープ・ハーリンゲン[Jena Malone]というカリフォルニア・ブロンドの女性で、サクソフォン吹きで、ザ・ボーズのメンバーだった夫のコーイについて調べてくれとの依頼。ヘロイン禍で死んだことになっているが、どうも死んだとは思えないという。(第2章)


変装したドックがウルフマン邸を訪問。妻のスローン[Serena Scott Thomas]と不倫相手の筋肉もりもりの金髪男リッグズ[Andrew Simpson]と話す。ミッキーのベッドルームのクローゼットを探る地、そこには自分の女たちの裸体を描き込んだネクタイが多数吊してあった。女中のルス[Yvette Yates]に送られて外に出ると、ビョルンセン刑事もやってきていた。(第5章)

 ドックがいま付きあっている女性が地方検事補のペニー・キンボル[Reese Witherspoon]。ランチに誘われ、オフィスまで送っていくとFBI捜査官のふたりが待っていた。ユダヤ人不動産業者ミッキーの失踪、黒人過激派と取り引きのあったグレンの抹殺、ヘロイン中毒者コーイの神隠しという一連の事件には、どうやらニクソン政権下の連邦の手も伸びているらしい。(第6章)

 ビーチを歩く──以前にドックの事務所で働いてくれたヒッピー女のソルティレージュ[oanna Newsom]と、謎の大波やレムリア大陸浮上説について話ながら。このソルディレージュが映画では、ナレーター役として最初に登場し、映画の筋を説明する。(第7章)


司法省の船で調査してきたソンチョがドックの家にやってきて言うには、高級スクーナー船〈黄金の牙〉号が浮かんでいた海域から引き揚げられた陸軍のコンテナから、大量のドル札が発見された。それは「ニクソン」の顔が刷られた、北爆と同時にベトナムで捲かれたという代物である。夕刻、ペニーの家でドックがテレビを見ていると、右翼の団体である〈カリフォルニアの光る目〉の大会がニクソンが挨拶をして、それを口汚く野次るヒッピーの姿が大写しになる。ペニーはその男を検察への情報提供者チャッキー≠ニして認識するが、それはまさしく死んだはずのコーイ・ハーリゲンだった。当局はメディアとつるんで、ヒッピーの評判を貶める目的でコーイを利用していたのか。(第8章)

 因みに、数ヶ月前のシャロン・テート惨殺事件では、チャーリー・マンソンとビーチボーイズのメンバーに接近していたことが知られている。コーイもザ・ボーズのメンバー。ドックは、彼らの住む屋敷へ向かう。そこで鉢合わせしたジェイドに聞いてみると、案の状コーイがいて、サックスの練習をしたいた。(第9章) 

 サンセットでプレイしているのいるコーイ[Owen Wilson]を見つけたドックは話し込んで真相を聞き出す。(第10章)


〈黄金の牙〉は船の名でもあるが、歯科医ブラットノイド[Martin Short]が、アジア系のザンドラ[Elaine Tan]を受付嬢にして営んでいる診療所の名でもある。ドックが訪ねていくと、昔家出事件を担当した富豪令嬢のジャポニカ[Sasha Pieterse]がやってくる。彼女はドクター・ブラットノイドが激しく熱を上げたお相手だったが、精神はかなり失調状態で、両親のきまぐれから〈クリスキロドン〉(ギリシャ語で「金の牙」の意)というニューエイジ風の施設に入れられた経歴を持つ(第11章)。ドックはその施設へ向かう。そこにはコーイ・ハーリンゲンがいた。看守のひとりは、ここに収容されたミッキー・ウルフマンからもらったのだろう、シャスタのヌードを描いたネクタイをいじっていた(第12章) 


 以上が『LAヴァイス』の、映画前半部の大筋です。予告編でフィーチャーされているビッグフット≠フ日本料理店でのコミックな発声、「チョットォ、ケニチロー、ドウゾォ、モットォ、パンケークゥ」は小説の13章。もう一人の美女トリリウムの相談を受けて、ドックがラスヴェガスを動き回るシーン(13-14章)はゴッソリと映画から除外されています。コーイにヘロインを渡していたエル・ドラノ(彼も)と関係したらしいパック・ビーバートン[Keith Jardine]、その雇い主で暴力的な借金取立業者のエイドリアン・プロシア[Peter McRobbie]の事務所とドックがやりあう活劇シーンは、ちゃんと見ることができます。

 小説中、グレンとブラットノイドとエル・ドラノの少なくとも三人が殺され、ミッキーとコーイが二人が失踪するわけですが、探偵小説仕立てであるものの、事件は解決を見ません。60年代のカウンターカルチャーの華麗な混沌が収束していく影で、誰が、どんな組織が、どんな糸を引いていたのか、アメリカに深く埋め込まれた 〈Inherent Vice〉の闇を明確に捉えることは、誰にもできません。


 そんな映画ですから、準備なしに見に行っても筋がわからず翻弄されてしまうかもしれない。この映画の見所はピンチョン的な「ギャハハ感」をPTA監督が律儀に映像化したという点にあります。シチュエーションの妙、会話のおかしさ。それを味わうには、ゆっくり小説を読まれてから出かけた方がよいと思います。その時間はないよという人のために、この要約をアップしました。



続きを読む
posted by ys at 14:22| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。