2015年01月13日

And の意味をきちんと読むこと。

 しつこいようですが、毎日新聞の「誤訳」の背景を考えてみます。Dyab Abou Jahjah 氏の原文

  I am not Charlie, I am Ahmed the dead cop. Charlie ridiculed my faith and culture and I died defending his right to do so. 

を、

  私はシャルリーでなくアハメド。殺された警官です。シャルリーエブド紙が私の神や文化をばかにしたために私は殺された。

と縮めて、メッセージとして違うものにしてしまった。これは、見えにくいけれども、ジャーナリズムにおいてあってはならないことが起こってしまった「事件」だと思いますよ。

 長年英語の答案を見てきた経験から、「 and の解釈が難しかったのかな」とも思いました。

「and は順接だ」と考えて、「ばかにした、だから私は死んだ……」というつながりにしてしまうと、defending his right to do so のつながりが分かりにくくなってしまう。

「だから」ではなく「なのに」と訳せばよかったのです。

 たとえば−−「私はあなたのためにやっているの、なのにあなたの言うことを聞いているとまるで……」という文は、英語では

  I am trying to help you, and you tell me as if ……

という発想になる。この and を強めたいときは、and yet とか and still となることは比較的よく知られていますね。

  You can’t have your cake and eat it too.

という文は、昔は学校の英文法──文法項目じゃないんですが──の時間にふつう教わったものです。矛盾する二つの項目を and でつないでいるわけですね。and は論理的な言葉で、AとBが同時に成り立つ状況を示す。この文は、「cake を保持すること」と「食べちゃうこと」は、同時に成り立ちようがない、と言っているわけです。

 ★逆に or は A かBか、どちらか一方だ、ということを示す論理的な言葉です。  Eat your cake, or I will eat it. というふうに。

 それにしても、andの後、defending his right …… の部分を訳し落としてしまっては残念でした。ここはヴォルテールの──実は彼の伝記作家が彼が言ったと誤記した──「名言」を踏まえた、実に巧みな表現になっているのですから。

  I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.

  あなたの言うことには反対だが、あなたがそれを言う権利は、死んでも護る。

なんか昔の英語の先生みたいな言い方になってますかね。たしかに、このごろの英語教育の劣化を見るにつけ、サトチョンも白髪がふえてしまう思いをするんですよ。

「グローバルなコミュニケーション力」とかいって、何をやろうとしているんでしょう。大衆のペラペラ願望の尻馬に乗って、政治を動かし、教育を破壊しているだけじゃないですか。

 外国語の講読や、外国の文化や歴史の授業に力点が置かれていた時代、日本の新聞記者は、欧米の世界に動きを、もっと細やかに表現する努力をしていたと断言して良いでしょう。Toeic の点数ばかり強調され「大意を聞き取って解ればいい」ということになって、なにか異文化に生きる人々に対する構えが、非常に自己中心的な、大雑把なものになってませんか。なってるでしょう。

「表現」には、もちろん「正確さ」が求められる。グローバルな時代では、外国語の読みに正確さが求められる。当たりまえです。しかるに、このごろのジャーナリズムには、問題を起こさず、波風を立てず、無難に進める智慧の方が優先されているように見える。テレビも、新聞さえも。

 いえ、誤解しないでください。西洋式の「表現の自由」は絶対に規制してはならない、なんてことをサトチョンは考えておりません。

 キリスト教文化にもイスラム教文化にも、コトバを神として信仰する習慣がありますが、日本にそれはなく、むしろ「沈黙は金」とされる。言いたい放題、書きたい放題は、コミュニケーションの生態系を破壊します。西欧は、200年以上前の革命の時代からの脱皮を求められていると思う。

 でも情報を正しく摂取し、思考することを閉ざしてたらいけません。異文化間の軋轢が、世界情勢を危うくしてしまうかもしれないこれからの時期に、それはだめ。いまヨーロッパで何が起こっているか、きちんと知って、日本的コミュニケーションに慣れた人間として、世界に発言していくことが大事なのではないか。

 大事なのは「表現の自由」より、心配りも備えた「表現の技術」だと思うんです。それが足りずに、新聞まで「表現しない文化」に陥ってしまったら、もうそれ自体がカリカチュアではありませんか。

posted by ys at 13:00| 教え直そう、日本の英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

Inherent Vice 全米公開中

(ここにリンクした図は新しい記事に直接貼り付けて直しました)


映画を観る前に――Inherent Vice のあらすじを知っておこう。


ビーチ沿いにある私立探偵ドック[Joaquin Phoenix]の家に、昔の彼女でハリウッド女優修業中の美女のシャスタ[Katherine Waterston]が現れ、今の彼氏(不動産業の大物ミッキー・ウルフマン)が失踪した事件を調べてくれと依頼がある。不動産屋をしている叔母のリートに電話したドックは、ウルフマンがどれだけヤバイ人物かを知る。最新のプロジェクトが、低所得者層居住区での郊外型住宅地〈チャンネル・ヴュー・エステイツ〉の開発だとか。テレビをつけると、ロス市警ビョルンセン警部補[Josh Brolin]がヒッピーの恰好をして〈チェンネル・ヴュー〉の宣伝をしていた。この刑事とドックとは腐れ縁──永年いびられてきた。

 翌朝ドックは自分の事務所(LSD探偵社)に行くと、タリク・カーリル[chael Kenneth Williams]という黒人過激派の男が待っていた。ム所仲間で白人極右集団〈アーリンアン・ブラザーフッド〉に所属するグレン・チャーロックの居所をつきとめてくれ、という依頼。ウルフマン身辺警備は、この極右のギャングが当たっている。(原作第1章)


 〈チェンネル・ヴュー〉の建設地に向かうドック。隣りにある〈チック・プラネッツ〉のマッサージ嬢でアジア系のジェイド[Hong Chau]と金髪白人のバンビ[Shannon Collis]と話した後、オートバイの轟音が聞こえて、ドックはいきなり何者かに殴られ失神した。気がつくとロス市警のビッグフット<rョルンセンがいる。ここで殺人事件があった。袋に入った死体はグレン・チャーロック。殺しの嫌疑をかけれらたドックは、市警の建物から友人のオタク弁護士ソンチョ[Benicio Del Toro]への電話を許される。ビョルンセンはドックから捜査のネタを仕入れられると踏んで彼を釈放する。

 ドックの事務所に若い女から電話がある。会いにいくとホープ・ハーリンゲン[Jena Malone]というカリフォルニア・ブロンドの女性で、サクソフォン吹きで、ザ・ボーズのメンバーだった夫のコーイについて調べてくれとの依頼。ヘロイン禍で死んだことになっているが、どうも死んだとは思えないという。(第2章)


変装したドックがウルフマン邸を訪問。妻のスローン[Serena Scott Thomas]と不倫相手の筋肉もりもりの金髪男リッグズ[Andrew Simpson]と話す。ミッキーのベッドルームのクローゼットを探る地、そこには自分の女たちの裸体を描き込んだネクタイが多数吊してあった。女中のルス[Yvette Yates]に送られて外に出ると、ビョルンセン刑事もやってきていた。(第5章)

 ドックがいま付きあっている女性が地方検事補のペニー・キンボル[Reese Witherspoon]。ランチに誘われ、オフィスまで送っていくとFBI捜査官のふたりが待っていた。ユダヤ人不動産業者ミッキーの失踪、黒人過激派と取り引きのあったグレンの抹殺、ヘロイン中毒者コーイの神隠しという一連の事件には、どうやらニクソン政権下の連邦の手も伸びているらしい。(第6章)

 ビーチを歩く──以前にドックの事務所で働いてくれたヒッピー女のソルティレージュ[oanna Newsom]と、謎の大波やレムリア大陸浮上説について話ながら。このソルディレージュが映画では、ナレーター役として最初に登場し、映画の筋を説明する。(第7章)


司法省の船で調査してきたソンチョがドックの家にやってきて言うには、高級スクーナー船〈黄金の牙〉号が浮かんでいた海域から引き揚げられた陸軍のコンテナから、大量のドル札が発見された。それは「ニクソン」の顔が刷られた、北爆と同時にベトナムで捲かれたという代物である。夕刻、ペニーの家でドックがテレビを見ていると、右翼の団体である〈カリフォルニアの光る目〉の大会がニクソンが挨拶をして、それを口汚く野次るヒッピーの姿が大写しになる。ペニーはその男を検察への情報提供者チャッキー≠ニして認識するが、それはまさしく死んだはずのコーイ・ハーリゲンだった。当局はメディアとつるんで、ヒッピーの評判を貶める目的でコーイを利用していたのか。(第8章)

 因みに、数ヶ月前のシャロン・テート惨殺事件では、チャーリー・マンソンとビーチボーイズのメンバーに接近していたことが知られている。コーイもザ・ボーズのメンバー。ドックは、彼らの住む屋敷へ向かう。そこで鉢合わせしたジェイドに聞いてみると、案の状コーイがいて、サックスの練習をしたいた。(第9章) 

 サンセットでプレイしているのいるコーイ[Owen Wilson]を見つけたドックは話し込んで真相を聞き出す。(第10章)


〈黄金の牙〉は船の名でもあるが、歯科医ブラットノイド[Martin Short]が、アジア系のザンドラ[Elaine Tan]を受付嬢にして営んでいる診療所の名でもある。ドックが訪ねていくと、昔家出事件を担当した富豪令嬢のジャポニカ[Sasha Pieterse]がやってくる。彼女はドクター・ブラットノイドが激しく熱を上げたお相手だったが、精神はかなり失調状態で、両親のきまぐれから〈クリスキロドン〉(ギリシャ語で「金の牙」の意)というニューエイジ風の施設に入れられた経歴を持つ(第11章)。ドックはその施設へ向かう。そこにはコーイ・ハーリンゲンがいた。看守のひとりは、ここに収容されたミッキー・ウルフマンからもらったのだろう、シャスタのヌードを描いたネクタイをいじっていた(第12章) 


 以上が『LAヴァイス』の、映画前半部の大筋です。予告編でフィーチャーされているビッグフット≠フ日本料理店でのコミックな発声、「チョットォ、ケニチロー、ドウゾォ、モットォ、パンケークゥ」は小説の13章。もう一人の美女トリリウムの相談を受けて、ドックがラスヴェガスを動き回るシーン(13-14章)はゴッソリと映画から除外されています。コーイにヘロインを渡していたエル・ドラノ(彼も)と関係したらしいパック・ビーバートン[Keith Jardine]、その雇い主で暴力的な借金取立業者のエイドリアン・プロシア[Peter McRobbie]の事務所とドックがやりあう活劇シーンは、ちゃんと見ることができます。

 小説中、グレンとブラットノイドとエル・ドラノの少なくとも三人が殺され、ミッキーとコーイが二人が失踪するわけですが、探偵小説仕立てであるものの、事件は解決を見ません。60年代のカウンターカルチャーの華麗な混沌が収束していく影で、誰が、どんな組織が、どんな糸を引いていたのか、アメリカに深く埋め込まれた 〈Inherent Vice〉の闇を明確に捉えることは、誰にもできません。


 そんな映画ですから、準備なしに見に行っても筋がわからず翻弄されてしまうかもしれない。この映画の見所はピンチョン的な「ギャハハ感」をPTA監督が律儀に映像化したという点にあります。シチュエーションの妙、会話のおかしさ。それを味わうには、ゆっくり小説を読まれてから出かけた方がよいと思います。その時間はないよという人のために、この要約をアップしました。



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posted by ys at 14:22| ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする