2010年08月27日

GR303| a crystal brown visa

 V2ロケットの製造の中枢(ミッテルヴェルク)はノルトハウゼンの山中のトンネル。隣りにドーラ強制収容所があり、そこのユダヤ人の残酷な奴隷労働によってロケットの組み立てが行われていたというのは有名な史実である。
 われらがスロースロップはそのトンネルにどうやって入っていくのか。闇市場をとびまわるゴッツイお兄さん Waxwing が作ってくれた身分証明書には、アイゼンハワー元帥の署名に加え、パリで「V2スペシャル・ミッション」を担当する架空の大佐のサインつき。それを見せると、検問所の兵隊たちは肩をすくめて通してくれる。
 その兵隊さんの風情の描写が的確だ。──とぼくがいっても何の保証にもならないが、海軍で、田舎出の、若い兵員と長らくつきあってきたピンチョンが書くと、自然とリアルな描写になるのだろう。はなみずが飛んで、固まって、琥珀のようになる。その詩情をジンと伝えることのできる力量に、ぼくはしびれる。

「検問所の兵士らはうろうろ、だらだら、田舎者の冗談を言い合ったりしている。中にはきっと鼻をほじっているものをいて、二日後、スロースロップの目にする証明書には、洟の固まったのがこびりついているだろう。その褐色の結晶が、ノルトハウゼンへの査証[ルビ ビザ]なのか。」

原文は、チェッ、こんなにスッキリしているのだ。

A couple of days later Slothrop will find a dried piece of snot on the card, a crystal brown visa for Nordhausen. (ペンギン版 p. 303)
posted by ys at 09:04| 『重力の虹』翻訳日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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