ladies with smooth faces and oval eyes in low-necked dresses whose yards of silk spill out into the dust and wingbeats of the dark rooms. There is dove shit all over the place. (ペンギン版 318ページ)
ノルトハウゼンの山中の、ロケット組み立て工場を出て、ベンツを一台失敬し、登っていった山道の先にふるいお城の廃墟があった。中へ入っていって、壁画の貴婦人を見た瞬間の印象を書き留めた一文である。貴婦人の豊かに垂れた絹のドレスは、見えない額縁を越えて暗がりと繋がっている。崩れ落ちそうな建物の壁の隙間から外の光が細くさしている、埃の舞は、ひっきりなしに入ってくる鳩の翼にかき混ぜられてて、波のようなうねりを永遠につづけている。
ピンチョンは、俳句的というのとは違うが、車窓の景色の記述や、貧しい街の一角、一人で入った建物の記述に、ことさら詩的で、じわんとさせられる。きっと一人でずいぶん旅して、印象を書き留めてきたのだろう。写実的であると同時に、シュールで、感覚高揚的だ。この古城の廃墟にしても、光と埃と過去と糞の絡みが鮮烈。「むかしの光いまいずこ」などとはぜったい書かない。薄暗がりの中で鋭敏化した視覚と聴覚は、鳩のバサバサと。大粒の涙のような鳥の糞に集中する。ちなみに「白糞」は「はくふん」と読んでも「しらくそ」と読んでもけっこうである。シチリア島にそんな街があったっけ。ありゃ「シラクサ」か。