過去と完了は、「思い(意味)」としては、英語でもハッキリ区別されていないのだ、ということを、二日にわたって書いてきました。
そのボンヤリとした区別を、時制として抱え込んでいる英語のような言葉もあれば、おおむね破棄してしまったフランス語、イタリア語、日本語のような言葉もある──というわけです。
Which have we chosen? と Which did we choose?
どっちも意味は同じなのに、英語には、二通りの言い方がどちらもよく使われている。どちらを選んでも大差ない。
こういう言語を、子供たちに教えるときの姿勢にも二通りあって、こちらの選択は重要きわまりない。どちらを選ぶかで、学習の成果にも、ひいてはこの国の将来にも、重要な違いが生まれると思うんです。
(あ)英語には、過去形と現在完了形があります。それぞれ、以下のような役割分担があるので、混同しないように。混同した人はペケです。
(い)英語には、過去形と現在完了形があります。どう違うか、一生懸命考えて論じている学者さんもいますが、本当にどう違うかは、先生もわからないし、実際に英語をペラペラしゃべっている人にもわからないらしい。だから、君たちは、気にしなくていいよ。I went to America two times. はい、よくできました。
(い)は「いい加減」の(い)です。(あ)は「ああだこうだうるさい」の(あ)。で、ぼくは絶対「いい加減」がいいと思う。なぜならそれが言葉の現実だから。言葉の生命だから。
またですが、 Google の検索結果。
──"Have you ever been to"・・・3.560,000
──"Did you ever go to"・・・・・4,540,000
あれ?「経験」は「完了」の領域でなのに──と、「ああだこうだうるさい」人は嫌がるでしょうね。でも言葉というものは、自然の植生に似て、人為的な区分けを嫌って伸びていく強さをもっているんです。
ところで、唐突なたとえですが、妻が(あるいは夫が)二人いたとしたら、料理はこちら、アチラはこちらと、あなたは分担させたいですか? 言葉だって同じだと思うんですよ。「過去(かこ)」ちゃんにも「了(すみ)」ちゃんにも、それぞれの味わいがある(そう、違いは「味わい」としてある)。だから「これは使えない」とか「正しいのこちら」とか、差別の言葉はできるだけ口にしない。僕は女性が好きだし、言葉も好きなので、元気のいいお姉ちゃんに
"Did you ever drink this?"
(これ、ときどき "Djever drink this?" みたいに聞こえるんですよね)
と聞かれるのも好きである一方、夕食に招いていただいた奥様から ハスキーな声で
"Have you had this wine before?"
と訪ねられるのも好きです。当然です。
この種の節操のなさ(=生きる元気)を教育現場が失ってしまっては、いくら授業時間を増やしても、開始年齢を早めても、子供たちの心に英語を吹き込みのは、むずかしいのではないでしょうか。

