スージー・ロトロが亡くなった。ボブ・ディラン『フリーホイーリン』(1963)で、グリニッチ・ヴィレジの雪道をボプ・ディランの腕にしがみついて歩いていたのは、20歳のときの写真だそうだ。享年67。彼女のメモワール A Freewheelin' Time を去年、菅野ヘッケルさんが訳出していたっけ(『グリニッチヴィレッジの青春』河出書房新社)。
そのメモワールにも出てきていたディック(リチャード)・ファリーニャは “スーズ” の5歳年長。コーネル大学ではピンチョンの無二の親友だった。当時のヴィレッジのフォークシーンについて詳細な聞き込みを行った本に、デヴィッド・ハイドゥの Positively 4th Street(2001)があるが、この本に、ピンチョンがインフォーマントとして登場し、彼の語る昔話が直接話法で引用されている。
トム(ピンチョン)とディックがコーネルを同期で卒業したのが1959年初夏。ディックはさっそくJWT(米国最王手広告会社)に職を見つけ、グリニッジヴィレッジの東側、ブロードウェイに面した汚い家具なしの部屋に(画家の友人)と一緒に住んだ。そのディックから毎週のようにトムに電話がかかってきたようだ。──「こっちへこいよ、おまえもとりあえず広告の仕事したらいいじゃん」。『V.』執筆にかかっていたトムは仕事の話には乗らなかったそうだが、ニューヨークには出ていった。
ピンチョンがハイドゥに語った面白いエピソードが二つある。
@当時の話題だったオーネット・コールマンをディックとよく聞きに行った。そこで休憩時間に出てきたアンサンブルの、ちょっとうるさすぎる演奏が鳴る中で、広告会社なんか務めていてどうするんだと、ディックと大声で論じ合ったよ。
Aディックは White Horse Tavern(有名なボヘミアン・カフェバー)の常連で、ヴィレッジに顔が広かった。一度会社を休んで、The United States 号でヨーロッパに行く友達夫妻を見送りに、一緒に波止場に行ったことがある。出航までジンを飲んでいて酔っぱらい、手を振りながら、バンドの音楽に合わせて歌いまくり、隣の桟橋に停泊していた船に乗り込もうとして追いかけ回されたね。
酔っぱらったり、船に勝手に乗り込んだり、芸術家気取りが出没するカフェバー(小説中は「ラスティ・スプーン」)にしけこんだり、売れない画家が、(テレビ/広告)業界に務めている男のアパートにたむろしていたり……というのは、わりとそのまま『V.』の、特にヤンデルレン(The Whole Sick Crew)絡みの話に繋がっている。
ヤンデルレン(The Whole Sick Crew)の主要キャラクター
ラウール:テレビのシナリオ・ライター
スラッブ:ラウールの同居人。緊張症的表現派(カタトニック・エクスプレショニスト、なんだそれは)の画家
メルヴィン:ラウールの同居人。フォークシンガー
ファーガス・ミクソリディアン:テレビと一体化した人間を演じる前衛アーティスト
ルーニー・ウィンサム:変な音のレコード専門の 「アウトランディッシュ・レコーズ」社長
マフィア:ルーニーの妻。優生学的見地から白人の「絶倫男」を信奉する「英雄エロ小説」のベストセラー作家
また、ジャズハウス(小説中は 「V.ノート」)に、チャーリー・パーカー以来の革命を起こそうとしてるアルトサックス吹きが登場して、小説中の主要なキャラクターのひとりになるというところも、ピンチョン自身のNY体験とつながっている。(もっとも小説中のサックス吹きのラストネームは──セロニアス・モンクのミドルネームと同じ──「スフィア」だが)
『V.』の「プロフェイン章」の舞台はノーフォーク→ニューヨーク(ちょっとワシントンDC)→マルタ島。漏れ聞こえてくるピンチョンの人生航跡と、意外に重なっている。設定は1956年で、これはまさにピンチョンが海軍にいた年だ。読書経験はステンシル章へ、実体験はプロフェイン章へ、かなり濃く押し込んだ小説であることは、どうも間違いなさそうである。

