6月10日のエントリーでぼくはプロの競争原理の働かない社会に生きる「学者」たちが、職業上の「スキル」を伸ばしていく上で障壁となる環境に言及しました。
◎研究することと、研究したような体裁をつくることが、同じであっていい環境
◎翻訳することと、訳文らしきものでページを埋めることが、同じであっていい環境
という言い方を選びました。皮肉の意図はありません。ふつうに観察できる事実だと思っています。
しかし入試は、大学教員が関わる業務の中でも一番責任が重いとされていること。まさか
◎選抜試験問題を作ることと、それらしきものでページを埋めることが同じ
になってはいないと思いたい。
先日ちょっと気になって、東大入試を終えた受験生がああだこうだ言い合うスレッドを覗いてみたら、こういうのが載っていました。
英語リスニング意味不明すぎて笑ったわ。時間死ぬほどたりねーし。
実際どうなんでしょう。実物を見てみましょう。
東大の今年のリスニング試験は問題AからCまでの三部構成でした。そのうちBとCは内容的に連関しています。Bはレクチャーの文章、Cはそのレクチャーに基づいての口語的なディスカッションの文章で、19世紀アメリカの社会運動という題材がベストであるかはともかく、入試問題としての妥当性は充分ある問題だと思われます。
問題はA。リスニングの最初の問題がいきなりこれで、上記の受験生は「意味不明すぎて笑ってしまった」んでしょう(本当は怒りをためてほしいのですが)。
問題はこちら。
1)文章のスタイル:いま述べたように、これは論説文であって、講義の文章ではない。目で見て論旨を追う論説文のスタイルであって、文そのものも、オーラル・コンプリヘンションに適した構造をもっていない。
2)そもそも特定の読者層を想定したテクストである。
この内容は、大学の美学や表象文化論等の「専門」で〈読む〉べき内容です。それもかなり抽象的。東大の専門課程で、この内容を英語で授業する人は、もっとかみくだき、冗長性をつけながら行うはずです。4段落目のように The question then of course arises などという高い目線の言い方はしないでしょう。
3)英語フレーズの難度が、耳で聞くには高すぎます。読解試験でも、註をつけたくなる単語も含みます。
平均的受験生が分かる限界は、たぶん、work of art あたりです。これを文脈の中でネイティブ発音で聞いて「芸術作品」だと瞬間的に反応できるなら、受験生としていい線をいっていると思います。 an area of land になると、音での識別がつらくなるでしょう。refer to は音として聞けても、ネイティブの高校生も、気取ったときしか使わない単語です。耳で意味をすんなりとるのは難しいのではないでしょうか(少なくとも90年代の東大一年生のレベルはそうでした)。
このテクストの中から、ほとんどの受験生の耳に、そのまま聞いてどういうことか理解されるのはまず無理という難解フレーズ、いくつかを並べておきましょう。
難 assumed a fairly simple relationship between the two key words
難 raw material waiting to be processed
難 land, whether cultivated or wild
難 converting land into landscape in our heads(文末の heads は聞きにくい。in our minds だったら、まだ聞きやすかった)
難 mentally frame views(観念として難)
難 the process is powerfully─and almost always unconsciously─affected by (ダッシュのある文は、リスニングでは避けるのが賢明では?)
超難 'art" was what happened to landscape when it was translated into a painted image(happen という単語は文脈から予想だにしていないので、what happened が「ワラッペン」のような音で届くとき対応できないだろう。translate を翻訳以外の意味で使うのも受験生泣かせ)
超難 can, however, be seen in a more complex way than either the dictionary or Clark suggests.(しゃべる講義なら、2つか3つの文に区切って提示する内容です)
超難 follow an impulse to draw or photograph a particular piece of land and call the resulting picture "a landscape" (完全に文章語)
超難 the formal making of an artistic record of the scene (formal という語の意味は?)
極めつけ the visual prejudices that shape how we privately respond both to our natural environment and to pictures of that environment.
「視覚的偏見」という言葉で日本の高校生がわからないとしたら、アメリカの高校生も visual prejudices でわかりませんよ。
もうひとつおまけに
超難 modified according to certain conventional ideas about what makes a "good view." (what 以下だけの意味をとるのも大変)
さらに
観念としては扱い切れても、ブレスなしで単語が続くとお手上げになるという部分もあります。もう少し聞きやすくなるように書き換えることはできなかったか。これは長いです。
not only paintings of the kind we can see in art galleries but also the numerous representations of land we see in photograph . . .
この出題委員会は、試験を受けようとしている学生の身になって、その聞こえを想像したことがあるんでしょうか。ご自身たちは優秀だったのだろうと思いますが、受験生のときに、どこまで聞けたんでしょうか。
このレベルの問題を入試で要求するということは、受かって入ってきた学生への何らかのメッセージになっているんでしょうか。それともその種の responsibility はしくみとして排除されているのでしょうか。
入試問題に関しては一切のコミュニケーションが存在しません。正解も発表しなければ、疑問も持っていく先もありません(たぶんないのだと思います)。入試は絶対権力の世界です。それであるならば、専制君主は、みずからのクォリティを証明すべく、スキを見せずにいてほしい。
長くなりましたが、この問題から見える問題は、テクニカルなものという以上にエシカルな(教員の人徳に関わる)ものだけに、とても気になります。
4)とはいえ、テクニカルにもうまくない。それは設問に関わることで──
これについては書き込みを改めます。

