2日間にわたって論じてきた、2011年2月施行の、東京大学前期課程入学試験問題の中の1問
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サトチョンの議論の保存版をまとめてみました。社会に向けてのメッセージは以下の通り。
1)問題作成者は、テクストは正しく読み、筆者の意図をねじ曲げることはやめてほしい。
2)それよりまず、ご自分が誰に対し、何をしているのか、よく考えてほしい。
3)東大をつついても何の反応も出てこないだろうからつつくことはしないが、ここにずっと掲載しておくので、来年の問題の改良に役立ててほしい。
4)予備校さんも、この問題で迷惑を被っていることと思う。何ごともなかったようなフリをするのはやめて、学生を不安に陥れるのも教育だと思い、東大に噛みついてほしい。
なお、この「保存版」の掲載とともに、「日本一権威があるかもしれないテスト」(6/15)と「あなた方はご自分が何をしたのか分かっていますか?」(6/16)は削除します。「東大入試の権威の内実」(6/15)は、「どうした、東大入試制作班」というタイトルで内容をまとめ直して残します。
以下5つの設問と選択肢を並べます。そのうち、私がすんなり答えに至ることのできたものは、ほとんどありませんでした。それはなぜなのか、いったいこのテストの中で何が起こっているのか、分析していきたいと思います。
【これから放送する講義を聴き、(1)~(5)の各文が放送の内容と一致するように、それぞれ正しいものを一つ選び、その記号を記せ。】
(1) According to the dictionary, one meaning of the word "landscape" is
ア a visually attractive area of land.
イ a visual representation of an area of land.
ウ an area of land shaped by human activities.
エ a personal interpretation of an area of land.
該当部分のスクリプト(予備校提供)
According to the dictionary, the word has two basic meanings. On the one hand, it refers to an area of land, usually but not always in the countryside, together with all its natural features; on the other, it can also refer to a picture of an area of land. The first meaning defines a landscape as being something natural, the second as being a work of art.
大手予備校共通の正解 「イ」
サトチョンの正解 「イ」および「エ」
《解説》辞書には、
landscape: 1)風景(自然的特徴を備えた一定の土地); 2)風景画(芸術作品)
と定義されている、と言っている。よって

このセザンヌの「モン・サント・ヴィクトワール山」のようなものは、辞書の定義する landscape である。その絵は、もちろん visual representation であるが、その土地の personal interpretation(個人的解釈)でもあるのは確かだ。
(2) For Kenneth Clark, a landscape is
ア any picture of a place.
イ an area of countryside.
ウ an artistically skillful painting of a place.
エ a transformation of country into a painted image.
大手予備校共通の正解 「イ」
サトチョンの正解 強いていえば「イ」だが、
For Kenneth Clark, a landscape is an area of countryside.
という言い方はあまりに舌足らずで、それが美術史の大家ケネス・クラーク卿(以下KC)の「考え」であるかのように捉えるのは、フェアではない。
これがどのような意味で「舌足らず」なのか、論理的に分析してみよう。
スクリプトで言っていることは、KCの本のタイトルに、風景を土地そのもの(単なる素材)に擬えるような前提が読みとれる、ということ。(The title [Landscape into Art] assumed a fairly simple relationship between its two key words: "landscape" meant some actual countryside, while . . . )
要するに筆者は、KC が前提とする関係性を問題にしている。
KC にとっての Landscape:KC にとってのArt = 自然素材:想像力と技巧による加工品
の関係になっていることをついているのであって、それ以上のことを言っていない。ここにあるのは「関係性(比)の思考」であって、それを「 landscape とは自然素材である」という実体的思考に転換するのは正しくない。
(a : b = c : d だと言われると、人は「じゃあ、 a=c なのか」と考えてしまいがちだが、それは論理的な誤り。2 : 4 = 3: 6 が意味するのは、「2の4に対する関係は、3の6に対する関係と同じ」ということであって、「2=3」ではない。)
(3) According to the lecturer, landscape is created by a photographer when he or she
ア imagines a place before going there.
イ prints his or her picture of the place.
ウ looks through the viewfinder at a place.
エ presses the shutter button to take a picture of the place.
該当部分のスクリプト
Land, whether cultivated or wild, has already been shaped before it becomes the subject of a work of art. Even when we simply look at land and enjoy the beauty of what we see, we are already making interpretations, and converting land into landscape in our heads. We select and frame what we see, leaving out some visual information in favor of promoting other features. This is what we do as we look through the camera viewfinder at a countryside scene, and by doing so we are converting that place into an image long before we press the shutter button. Thus, although we may well follow an impulse to draw or photograph a particular piece of land and call the resulting picture a landscape," it is not the formal making of an artistic record of the scene that has made the land into landscape. The process is in fact twofold: not simply landscape into art, but first land into landscape, and landscape into art.
上の訳文
人間の手が入ったものであれ野生のものであれ「土地」というものは、一枚のアートの主題になる前にすでに「形づけ」られている。われわれがどこかの土地を見てそれを美しいと思う、その単純な出来事が起こる前に、解釈という行為によって、「ランド」が「ランドスケープ」に変換されているのだ。われわれは周りを見るときに選択と枠づけを行っている。視覚情報のうちのあるものを排除しつつ他の特徴を拾い上げ際立たせているのだ。田舎の景色をカメラのビューファインダーを通して覗くときに我々がやっていることがそれなのだ。そのときシャッターを押すずっと前にわれわれは、その場所をイメージに変換している。であるからして、あるランドの一角を絵に描こう、写真に撮ろうという衝動にしたがった結果生み出されたものを「ランドスケープ」と呼ぶにしても、「ランド」を「ランドスケープ」に変えるのは、目に見えた光景(scene)のアーティスティックな記録を作成するという形式的過程(formal making)なのではない。この過程は実のところ、2つの段階からなっている。単に「ランド」から「アート」へというのではなく、まず「ランド」から「ランドスケープ」へ、しかるのちに「アート」へという過程である。
大手予備校共通の答え:ウ
サトチョンの解答:イ がベスト・アンサーだが答えとして適切ではない。
《説明》
「講師」が言っていることは単純。上記のケネス・クラークの風景論(が前提とする関係性)がなぜいけないか、その論拠を示している。長いスクリプト全体を通して言っていることは、つまるところ、これ:
「景色」は「土地」とは違う、「景色」はすでに「土地」を edit(編集)し、frame(枠づけ)し、interpret (解釈)した representation (表象)である。
講師は写真家の仕事について何も言っていない。landscape とは、頭の中で、 edit and frame されたものだという考えを伝えるのに、写真撮影の比喩に頼っているだけ。すなわち、「まるでカメラで景色をフレームし、焦点を合わせるようなこと」を、我々は常日頃、頭の中でやっている、と。だから、
(3) According to the lecturer, landscape is created by a photographer when he or she ……
というふうに、photographer の頭の中に landscape が形成される瞬間がいつかという設問は、そもそも成り立たない。そんな情報は、講義の中に出てこない。ところが文脈が摑めずに、
This is what we do as we look through the camera viewfinder at a countryside scene, and by doing so we are converting that place into an image long before we press the shutter button.
という一節だけを聞いて設問に答えようとすると、あたかも
ウ looks through the viewfinder at a place.
が正解であるかのように聞こえてしまう。しかし、筆者も "long before" という言い方で念を押している通り、カメラを覗く前に、撮影者の頭の中に「風景」になる構図とかがイメージづけられているという点を理解するのが大事なのだ。ウは正解ではない。
選択肢を見ると、正解っぽいのは「ア」しかない。だが、この「正解」とされる文を読んでほしい。「講師」はこんなことを言っているだろうか。こんな変なことを言い出しそうな人だろうか。
According to the lecturer, landscape is created by a photographer when he or she imagines a place before going there.
彼が言っているのは、人は実際に景色を見る前に、景色になるイメージというものを携えている。だから人が土地を見るとき、それは自動的に風景化されてしまうのだ、と。まるでカメラのファインダーを覗くようなことを、カメラなしにやっているのだ、と。
しかし実際、プロのカメラマンは、そのような自動的な動きと格闘する中からアートを創っていくのではないだろうか。そしてこの講師も、芸術が分かっている人なら(東大入試にレクチャラーとして登場するほどの人なら)、そのくらいのことは分かっているはず。
サトチョン、結局 正解ナシ
(4) According to the lecturer, our ways of seeing landscape have been most strongly shaped by
ア the visual prejudices of artists.
イ the landscape images we have seen.
ウ our private experiences in art galleries.
エ our conscious knowledge of landscape art.
論理敵には答えを絞れる問題でしょう。このレベルの観念を耳で聞くのと同時に頭で処理するのには、受験生が言ったように「死ぬほど時間たりねえ」かもしれませんが。
ただ選択肢の並べ方が「プロ」ではありませんね。ウに private 、エに conscious という形容詞がついています。
形容詞で限定される選択肢と限定されない選択肢が混在するとき、答えはおのずと決まることが多いようです。
出題者には、「この一語を入れて限定しておけば、より確実に間違いになる」という心理が働くもの。
そこに目をつけると、選択肢を見ただけで、正解の予測がつきそう。まあそれには「ア」の意味(というか「芸術家の視覚的偏見によって我々の風景感は強く左右される」という文の無意味さ」が読み取れることが必要だけれども。
(5) The lecturer concludes by saying that the term "landscape" refers to:
ア an area of land enjoyed by a viewer.
イ a widely known image of an area of land.
ウ an area of land which has been mentally processed by a viewer
エ an area of land which different people interpret in a similar way.
予備校共通の正解 ウ
サトチョンの正解 解なし(強いていえば「イ」と「ウ」の組み合わせ)
英語がいかにも苦しいので、設問と選択肢も日本語にしましょう。
(5)最終的に講師は「ランドスケープ」とは何だと言っているか
ア 観る者が喜びを感じる土地
イ ある土地について広く知られたイメージ
ウ だれか(単一の)観者が精神の内部で加工した土地
エ 違った人たちが同じように解釈する土地
とにかく最後のパラグラフを書き出してみよう。3つの文のうち、1番目と3番目で充分です。
A land, then, can be defined as what a viewer has selected from the land, modified according to certain conventional ideas about what makes a "good view."
ここで講師は、「風景」をつくる心理学的側面と、社会的側面を組み合わせようとしている。
landscape = personal editing of the land + socially conventional ideas
という公式。一番最後の文で、この公式は確認される。
This definition will cover both landscape as (1) a viewer's private interpretation of a piece of land, and landscape as (2) a publicly visible picture of a piece of land which has been created by an artist or a photographer.
(1) 前掲のセザンヌの絵はこの例。
(2) セザンヌの絵が、観光客にこういう写真をたくさん撮らせたという意味で 下の写真はこちらの例。

最後に講師は、両方の意味を組み合わせた定義を模索しているので、アからエのうちどれか一つが正解だということはありえない。
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