2011年08月04日

豚も真珠、サトチョンも英詩

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川本皓嗣さんからエレガントな本をいただいた。『詩をどう読むか』。クリーム色の誌面に、薄めの墨色のインク。英文はクキッとした palatino のフォント。著者は、学術理論のきらいな僕も彼の Literary Theory (『文学とは何か』)だけは読んだことがあるというテリー・イーグルトンで、帯の背に「目の覚めるような読解」とあるのは岩波書店の担当編集者、天野泰明さんの作品か。

 川本さんの授業は駒場の最終講義を聞かせていただいたことがある。くつろいだ雰囲気を演出しながらリスナーの心を摑み、話すことの9割を9割の学生に分からせてしまうという、非常に「シュアーな」(という形容詞を、むかしの野球解説者は使ってましたよね)話し手であって、この本は、ああ、川本さんなら、この本ピタリだという、繊細にして豪放な英詩的コミュニケーションの手引きである。読んでみると、ほんとに教育的。授業を聞いているのと同じ臨場感もあって、1ページ10円の定価は安いよと思わせる。英詩を頑固に学ばすに英文科を出た僕のような不届き者も、死ぬ前にちょっと、イギリスのグラマースクールの生徒にでもなったつもりで poetry をひと舐めしてみような−−という気にさせられる。

If they be two, they are two so      かりに二つだとしても、それは
As stiff twin compasses are two;      二本足のコンパスなみの二つだ。
Thy soul, the fixed foot, makes no show; 君の魂は固定した足で、動くとは見えないが、
To move, but doth, if th'other do.      相手が動くときには、自分も動く。

And through it in the center sit,     真ん中にじっと立ってはいるが、
Yet when the other far doth roam,     相手が遠くをさまようときは、
It leans and hearkens after it,      身を傾けて様子を訊ね、
And grows errect, as that comes home.  相手が戻ればすっくと立つ。


詩の一節を引用し、端的なコメントをつける。大岡信の「折々のうた」ではないが、この本を食卓の近くに常備しておいて、朝、朝刊のコラムを読む代わりに、一篇(一断片)ずつ読んでいったら、一つの季節は優にもつし、毎朝「眼の覚めるような」思いを味わうことができる。
 それぞれについているイーグルトンのコメントがまた、なんともイギリス的に(偏屈に)筋が通っていて、朝の眠気を吹き飛ばしてくれる。

この奇想は強引な作りもので、才気煥発のへそ曲がりが、無理矢理ぐいと詩にねじ込んだものなのだが、読者がその強引さに気がつかなければ、この離れ技の値打ちはぐっと落ちることだろう。ここで読者が注目するのは、恋人たちの身の上ではなく、むしろこの詩人がどうやら大変な無理を押して、この世のてんでんばらばらな断片を寄せ集め、それを生き生きと一つにまとめあげた手並みの方だ。

 英詩とは関係なく生きてきた僕も、たとえば今掲げたジョン・ダンの詩は、ベイトソン『精神と自然』(第5章「重なりとしての関係」)の冒頭に引用されていたので訳したことがある。いま『重力の虹』を訳しているので、第二次大戦下のイギリス兵士の死を詠んだ歌などに接すると、気分を出して朝食後の仕事場へ上がっていくことができる。それがピンチョン好みのリメリックなら、なおさらいい感じだ。

There was a young poet of Japan   ニッポンの若い詩人
Whose verses never would scan;   韻律があまりにも理不尽
When they asked him why      どうしてかと訊ねたら
He said "It's 'cos I         「だって僕ときたら、
Just can't help getting as many words into the last line as I possibly possibly can.
                  最後の行にありったけ言葉を積み込みたくてしょうがないという変人」


このあたり、ホフスタターの『ゲーデル・エッシャー・バッハ』という本に載っていてもおかしくない自己言及のおかしみがある。川本さん、訳詩にもちゃんと韻を踏ませて楽しんでいる。


posted by ys at 10:03| Comment(0) | いただいた本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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