2012年03月22日

『LAヴァイス』あとがきプレビュー(校正段階)

 Inherent Vice は現在最後の詰めの段階。面白いです。ピンチョンが60年代末から70年代初頭にかけて『重力の虹』を執筆していたのは、ロスのマンハッタンビーチであることが知られていますが、『ヴァインランド』のゾイドの六〇年代エピソードと同様、その〃ゴルディータ〃ビーチを本拠に、ロス圏一帯を(時にラスヴェガスまで含めて)動き回る物語。一本のプロットで時間通りに進むところは『競売ナンバー49の叫び』以来の緊密さ。でも探偵さんがヒッピーですから、『ヴァインランド』程度にはおちゃらけてます。大いに期待してください。発売は四月末。タイトルは『LAヴァイス』となります。
 このタイトルについて、「解説」で説明しました。まだ直りますが、こんな感じです。




 Inherent とは「そのもの固有の性質として備わっている」という意味の形容詞。Vice は「邪悪」と「欠損」の両方を意味する語である。
 船の事故に関し、海上保険会社は、貨物(または船舶)の自然な所作に近因して生じた損害について、保険の支払を免除される。たとえば疲労亀裂が原因でマストが折れて事故になったりした場合、それはインヒアレントなヴァイス(固有の瑕疵)が原因だとして、支払い拒否を主張することができる。
 小説中、主人公のヒッピー探偵ドックの友達で、海洋保険専門の弁護士をやっているソンチョは説明する──LAを船に見立てて、その海上保険契約を書くとしたら、地震源のサンアンドレアス断層は、その船に「固有の瑕疵」ということなるな、と。

 LAが船である、というのはどういうイメージだろう。これは「部分が全体を表す比喩」のようなもので、LAはアメリカ合衆国に等しいのか? 『競売ナンバー49の叫び』で、LA圏にサン・ナルシソという都市を描きながら、最後にサン・ナルシソをアメリカと等号で結んだように? しかしLA=USとすると、それが〈船〉であるとは?
 この小説に出てくる〈黄金の牙〉号は、スクーナー船である。数本のマストにヨットのような帆を張ったこの帆船は、今でこそリッチな階級の遊行の具だけれども、植民から建国期のアメリカの海岸を盛んに走っていたタイプの船だ。その船がインドシナ戦争まっさかりのアジアまで出かけていって、「ニクソン紙幣」を巻いたり、ヘロインを運んできたりするというのはどういうことか?
 しかしその船はもともと〈プリザーヴド〉号といって、ソンチョがこれを愛人のように愛し、ドックはドックでヘロインから立ち直ったサックス吹き一家の安全な航行を、この同じ(名前だけ違う、Preserved=時の荒波から囲われ保護された?)船に託すとはどういうことか?

 その問いにここで答えようとするのは控えたい。ただ、メルヴィルの『白鯨』のピークォッド号が、世界の人種を乗せて神にも挑戦しようというUSという国の野望の象徴であるとしたら、ここでピンチョンは同様の幻視的思考を展開していると考えても、大きな無理はないだろう。壁の5セント・コインから飛び出てきたジェファーソンは、作品のテーマをアメリカ史の全体に押し広げて考えることを容易にする。ピューリタンの神の光に導かれたこの国の、そもそものありようである悪ないし欠陥[傍点](inherent vice)は、歴史の流れに流されようもなく居すわり、常に厄災を世界に与え、自ら被り続けている。

 ふり返ってみれば、ピンチョンの小説は「時間に内在するどうしようもない力/傾向」について書き続けてきた作家だ。初期の作品では「エントロピー」という概念が重要な役割を演じた。だが次第に、その抽象観念は、歴史を動かす人間の犯す諸悪との結びつきを具体化させてきた。粗暴な〃科学的〃論理思考。ピューリタニズム。それらの展開形である、機械文明の展開そのものに埋め込まれた〈ヴァイス〉が歴史の舞台に表出したものとしての帝国主義。第二次大戦。ナチズム。ロケット。『LAヴァイス』の背後にあるのも、『ヴァインランド』の背後にあるものと同様、近代ヨーロッパに発し、アメリカという国の屋台骨に潜む悪ないし欠陥である。それはもう、『メイスン&ディクスン』の心ある観察者には見えていた。清教徒とその末裔が「神の光」とするもののなかに〈ヴァイス〉は籠もっていた。その光に逆らった『逆光』の闘争者をものともせず、六〇年代カリフォルニアの若者たちのユートピアの夢を叩きつぶしながら、アメリカに埋め込まれた基本的な欠陥(根からの性悪)は歴史を進む。

 Inherent Vice という題名をどう訳そうかと、訳者二名に、新潮社の北本壮さんを加えた三人は、ゲラの初稿を返し終えても、まだ議論を繰り返していた。譲れない条件は、原題とのつながりが保たれていること。そして物語を表していること。「悪の潜み」「悪の沁み」と、ニュートラルな線を狙うか(でもこの小説は、それについての本じゃないでしょ)、「傷みもの」「キズモノ」などというフレーズで、保険用語「固有の瑕疵」の意味合いを出すか(しかし、なんか演歌っぽいなあ)。それとも「重力の虹」と同じくらい壮大に「時の傷」なんて言い方で、エントロピックな世界観を表現するか(でも、この小説の読書感って、そういうのと違うよね、もっとヒューマンで、アッケラカンとしてるよね)。
 ええい、ままよ。われわれは『LAヴァイス』という題の軽薄さを受け入れる覚悟を決めた。軽い方が、下手に、陳腐な深みを装うよりはいい。だって、実際、ドックって男も、このありえないのにリアルで、ジンとくるのに結局おバカな物語も、スットン狂に、ファーラウトに、突き抜けているのだから。


posted by ys at 05:15| Comment(0) | ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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