2011年04月10日

福留孝介の厄災、じゃなくて

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Junot Díaz, The Brief Wondrous Life of Oscar Wao
都甲幸治・久保尚美訳『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(新潮社)
 
シカゴ・カブスに、Fuku-dome という名前の日本人がやってくると聞いて、チームメートは唖然としたことだろう。「クソマティー」とか「マンコーノ」とかいう選手が日本に来たとしたら想像される、きごちない笑いがさざめいたことだろう。u の音に対し、まず「ユー」の音を当てるのが英語である。Fuku のスペルは、fuk-u と音節化すれば、マクドナルドの次くらいに世界に蔓延っている、例の卑語そのものとなる。

どうしてこの話をしたかというと、ドミニカ系アメリカ人ジュノ・ディアスの第一長篇『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の書評を今週号の『週間文春』に書かせてもらったのだが、スペースがなくて文体のことまで書けなかったから。

この小説、2007年に出版されるや、まずアメリカ国民の間で大ヒット。マスコミにも文学界にも歓迎されてピューリッツァ賞・全米批評家賞を獲り、スペイン語に訳されてこれまた大ヒットした。
 その冒頭は、こんな具合である。

 They say it came first from Africa, carried in the screams of the enslaved;(……)that it was a demon drawn into Creation through the nightmare door that was cracked open in the Antilles.

 "it" が表すもの、それは「地理上の発見」を経てヨーロッパ人がアフリカ人を大量掠奪し、カリブの島々で大農園を始めた、その「新世界」の創造の際に、アンティレス諸島に開いたドアの割れ目から入り込んできた悪魔だという。そのすぐあとで「コロンブス提督こそ、こいつを取り上げた産婆」だと書かれている(取り上げておいて、自分も呪われ、梅毒になったとも)。「悪魔」とは厄災の権化「呪い」である。この呪いに、ディノスはどんな名前を与えたか。

 Fukú Americanus

立派にラテン語ぽいが、ふつつの英語人には、最初の単語は、すこぶる日常的な呪いの言葉に読めてしまうだろうし、その連想で次の単語を見ると一瞬「アメリカのアヌス」が見えてしまうことだろう。
 そんな言葉のマジックで、読者の「呪い気分」というか「バッド・ラングイッジ・モード」をかりたて、そこに実に滑りのよい英語を乗せていく。いや「英語」といったが、単語の一割近くはスペイン語である。一般のアメリカ人読者に通じているとは思えない。それでもいい感じで通じさせてしまうリズムがある。
 レゲエもヒップホップも、元はといえばアフリカに属するスピリットが、カリブに開いた「割れ目」からこの世に入ってきたものだ。過去30年人口に膾炙してきた音楽のノリは、ついに文学にまで着地した。その出来事を象徴する作品がこれだといえる。
 
 アメリカ文学では、アメリカ的経験の本質にふれる作品が書き継がれている。『緋文字』も『ウォールデン』も『モービー・ディック』も、『ハックルベリー・フィンの冒険』も『偉大なるギャツビー』も『メイスン&ディクスン』も、それぞれ、陳腐な言い方をすれば、アメリカの本質を抉る作品だ。
 それら、Great American Novels の系譜に、『オスカー・ワオ』も含まれることになるのか。それは僕にはどうでもいい。ただこの英語は気持ちいいと思う。『ライ麦畑』のホールデンは、神経症的な少年ではあっても、口はたいへんよく回った。デブちんのオスカーも、SF=アニメ=ゲーム・オタクながら、負けちゃいない。その姉ちゃんも、母ちゃんも、すごい冗舌である。いや舌だけじゃない。手も足も、腰のくねりもすごそうだ。びっしり注のついた翻訳が出たことで、原文も多くの日本人に触れるような展開になるといい。
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2011年03月28日

High Definition Thinking

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(3月28日17時改稿)
第二回表象文化論学会の学会賞、獲得作品。(第一回はこの本
選考委員会の評は、そのうち REPRE に載るでしょう。ここでは平倉圭『ゴダール的方法』について、だいぶ私的な感想を述べます。

ぼくは20世紀の晩年に、メディア100という初期のデジタル編集機を扱って映像教材を作っていたことがある。
音の波を見つつ、聞こえを調整し、英語がしっかり学生の耳に届くように、音量や自然なポーズを調節する。
タイムライン上に空間化された時の上に、もってきた映像と録った音声を切って並べて加工する仕事だ。

そのころ僕は、自分の研究テーマのひとつとして、エルビス・プレスリーの Heartbreak Hotel から森進一らの和製「ブルース」まで、黒人ブルースに根を持つ「三連符歌謡」の調査を始めたが、その出発点となったのも、戯れに「おふくろさん」をデジタイズして Media 100に載せたときの、きれいな揺れの波形に感動したことだった。

もしいま、現代の簡便でハイデフな映像編集機器を操っていたら、好きな映画をコマレベルで舐め尽くしたいという欲望も、抑えられなくなるだろう。

だがそれをやる際に、自分の頭の中が、たんなるファンの、エンタテインされるだけの頭だったら、結果は無残になることが予想される。『エルム街の悪夢』の映像的サウンド的構成要素のすべてを知り得たとして、さて、自分に何が言えるのか。

平倉圭の『ゴダール的方法』の登場は、単に、デジタル機器を使った精密な分析が現れたことに意味があるのではなく、そのような精密な分析に──すなわち映画の構成主義的リミックス的現実に──耐えるだけの、容量と機能を積載した思考が出現したことに意義がある。

「ハイ・デフィニション」は日本語ウィキペディアによると「高細密度」と訳すらしいが、ぼくが high-definition thinking という場合、ポイントは思考における画素数や、きめ細かさにあるのではない。たしかに本書を読む人は、なんとなく曖昧に感じられていたものの正体が、明快に、霧や霞をとっぱらって見えるかのような経験をすることになるだろう。そしてそれは、最初に「ハイヴィジョン」映像に接したときのあの感覚を思わせるものでもある。しかし問題は、量ではない。思考の画素数でも文献へのアクセス量でもない。もっとエシカルな問題だ。

audio-visual な側面を肥大させた自我が、世界をよりきめこまやかに define することに知的愉悦とモラル(すら)を感じて、その道を邁進するのか、それとも、あえて「ローデフ」な、フィーリングと文彩の(より human? で communal? な価値に)こもるのか。

この本を読んでいるうちに、僕は、嗚呼、自分はつくづくティモシー・リアリーとマクルーハンの時代に根を張っているんだなあと思った。中枢神経系をメディアに接続するのも、鮮明さのためにクスリを飲んだりするのも、好きでたまらない。いままで、自分より優秀な文彩をもった人たちが、ゴダールについて優雅な思考を展開するのを指をくわえて、ちょっと拗ねながら──いいもん、ぼくはブローティガンとかで(笑)──眺めていた。ところが、この本を介して、苦手なはずのゴダールに気持ちよく共振している自分がいた。

いや、ちょっと言い過ぎか。事態はもう少し、日常的でフレンドリー。
平倉圭はスクリーンの向こうから、映画館での現実を神のように仕切る作者を論じたりしていない。むしろ、映画制作中のゴダールの脇に読者を呼び寄せて、カットしたりペイストしたりする手さばきを注視する。
マエストロと同じ視点で映像を扱うという姿勢には、映画館での経験を神聖視する映画論とは、別レベルの作家ー観客ー批評家関係が顕著である。

ぼくなどは、世代間の軋轢に敏感な世代に属するので、方法論的/倫理的なぶつかり合いがここから生じてしかるべきだと期待する。だがともかくも、いままだ三十三歳のこの才能に、駆け抜けるだけ遠くまで駆けていってほしいと思う。新領域の創成とか、官僚好みのタームは使うまいが、ハイデフ思考のフリーウェイを、ヒューマニティの荒野の彼方へどんどん延ばしていってほしい。

なおこの本が 3200円というのは、他との比較でいえば、すごく良心的だ。インスクリプト丸山哲郎氏にも敬礼。
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2011年03月27日

指紋論、おもしろいもん

ずいぶん前にいただいていて、読み出したら、どんどん読まされてしまった本なのに、賞の選考委員を引き受けていた関係で、ここに賛辞を書き込むことをためらっていました。

このたび、めでたく表象文化論学会の奨励賞を獲得したので、このブログでもお披露目します。

 指紋とは何か。それは、表しの象(カタチ)。身元確認(identification = the official representation of the person)に、「指の跡」が、どのようにして、どのような意味を帯びながら、浮上してきたのか。権力と民衆との関係の、いかなる変化を引き連れて?
ストレートにフーコー的なテーマです。その探査がまた、細かく、丹念なのに野暮じゃない。
 ともすると、文学、哲学、映画研究等々の寄り合い所帯になりがちな私たちの集まりに、橋本一径の長期にわたる調査と筆力は、ひとつの「正統」の息吹をもたらせてくれました。

 などと紹介すると、構えてしまう方がいそうですね。でも肩が凝らないんです、これ。ぐんぐん読めます。心霊現象と推理小説ファンに特にお奨め。
 amazon.com にも、この本の優れた読者の書き込みが載っていますが、表象文化論学会のニューズレター REPRE も覗いてみてください。
毎号作っている「新刊紹介」は、人文学の研究に関わる多くの方に便利な最新書籍情報を提供しています。
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2011年02月06日

村上春樹『雑文集』

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村上春樹さんと僕とは「サトチョン」「ハルキン」と呼び合う仲です。
というのはウソで、たしか1980年の『ハッピーエンド通信』のパーティ(渋谷の桜ヶ丘の中国料理屋さんでした)で一緒だったのにお遭いしそこねて以来、30年間ニアミスばかり。
それが、この本、家に送られてきたので「むむ?」と思ったら、ワケがありました。

1995年というと『佐藤君と柴田君』の年ですが、その年に柴田君と共編で『ロックピープル101』というのを、三浦雅士さんの発案で新書館から出しています。その「ビーチボーイズ」の項の執筆を(柴田君が)村上さんにお願いしたのでした。それを転載するというので、新潮社の人が「ごあいさつにみえた」というワケ。

これは今でも珍しいロック案内で、ライターがちょっと違います。
渋谷陽一、ピーター・バラカン、大鷹俊一……というラインではなく

鷲田清一が「エリック・クラプトン」や「ミック・ジャガー」を書いています。
富島美子が「トム・ウェイツ」と「マドンナ」を書いています。
小沼純一が「ザ・フー」や「マイケル・ジャクソン」を、畑中佳樹が「オーティス・レディング」や「ヴァン・モリスン」を書いています。
辻仁成が「レッド・ツェッペリン」と「ピンク・フロイド」を書いています。
そして、ああ、岡崎京子が「クラフトワーク」を書いています。「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」もです。

岡崎さんは僕がファンでしたけど、彼女とも面識はありませんでした。ときどきお客として来たといっていた下北沢の「とらぶるぴーち」の当時のマスターに、一冊献上したのは、店の近くで事故に遭われてからでしたね。

世界をウザイものとヤバイものに二分したとき、1990年代のある時期から、ロックは急激にウザイものに転じた感じがしていますが、その端境期に、エントロピーの増大したロックを、中途半端な年頃のオヤジやお姉さんらが書き綴った101ピープルの紹介、今読むとまた、なかなか妙なる味わいがあるやもしれません。
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2010年12月29日

本年最高の読書


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平石貴樹著『アメリカ文学史』(松柏社、600ページ、6800円+税)
今年いただいた本の中で、ダントツ・トップの迫力があった本です。
迫力があり、重々しく、革命的です。

というと、えっ? と驚かれるかもしれない。
これ、東大英文科で4半世紀、アメリカ文学を教えていた平石先生の、文学史の本でしょう。読みやすい、わかりやすい、面白いってウワサですよね。それの、どこが……革命的?

まあ「革命志向的」と言い換えましょうか。文章は淡々とクラシカルです。パトスは背後にある。そしてそのパトス、当然ながら、ちょっと不穏です。僕の印象も、まだまとまっていないので、以下の感想文、あとで整理して書き換えるかもしれませんが、とりあえず、勢いで書き殴った文章を、ほとぼりの醒めないうちにアップだけしておきましょう。

同じ東大英文科の若い同僚、阿部公彦が「半径2メートルで語る」というブログ書評を書いています。この「半径2メートル」というタームを使えるところは阿部君の感度の鋭いところで、ほんとに、その通りだな、なにか2,3人を相手に、親密な話をしているようだ──というところは、みなさん、この本を10ページも読めば、感じられることでしょう。

でも、60年代を知っている人間には通じちゃうんです──昔の大学生ってのは、友達の下宿で、夜中に文学談義をやっていたから。その、それこそ直径2メートルの「こたつ空間」にはもちろんステレオなんてものはなかった。メディアに希薄化されない自我がブンガクシソーを希求していて、その自我を満たすべく、ショウセツが、年々、その自然史的進化を遂げるという、ポストモダン以前の状況が息づいていた。

つまり、僕が思うに、この本の「半径2メートル」というのは、かなり意識された戦略なんですよ。この本は闘っています。メディア(=人間精神の資本主義的なつながり)が入ってきたのでは壊れてしまうものを押しのけて、訥々と語り続けることに挑んでいる。

《出だしと終わりで書き手の意識にはほとんどぶれがない。まるで1500枚の間に、何も起きなかったかのようである。何と言うことだろう。文学史なのに、そこに書かれているのは「史」ではないのだ。無時間なのだ》──と阿部公彦は指摘する。たしかに。著者の関心は、変転してゆくものにはない。近代的自我が芽吹くところに栄え始め、19世紀から20世紀初頭で頂点を向かえ、第一次大戦後、近代的自我の揺らぎととももに揺らぎ出しながらも、「一定のフォーム」を保ち続けたものとしての小説を、その純粋なありようを、過去から絞り出すことに意を注いでいる。近代的自我が純粋な形で出てきたアメリカに、小説の命の、もっとも純粋な形が見えるとして、科学的な観察眼をアメリカ文学史に向けているわけです。「本書では、自我を……いわば近代人が着ることを余儀なくされたユニフォームのようなものとしてとらえている」という序の一文が、とても印象的でした。

だけど、これって、ずいぶん窮屈ですよね。近代人が死んでしまえば、そのとき、本書にとっての文学史(少なくとも小説史)は終わるということになってしまうのだから。でもその立場を平石さんは選んだ。この本で「ポストモダン」という言葉が、しばしば「小説」の対語として使われる傾向があるのはそのためでしょう。過去の多くの評論家にとって「小説の死」は、文学の可能性の拡張を意味したのだけれども、本書の立ち位置からすると、その小説が死ぬということは、文字通りの終わりを意味します。それはアメリカ文学の授業の終焉であり、本書、およびその著者の終焉です。

2010年において、このスタンスをとることの勇気に、ぼくはヒンヤリとした感動を覚えました。この「文学史」の講義は、いわば歴史が終わっているところから語られている。この本の読者が連れてこられる親密な半径2メートルは、冷酷にいうならば、「終わった世界」の物語が満ちる世界です。『アブサロム・アブサロム』でローザという老婦人が、クェンティン・コンプソンとつくる空間の、あのロマンの影はないにしても。

高校時代にフォークナーを読んだことがきっかけでアメリカ文学者になってしまった平石さんは、歴史が終わってしまった後の生き方というものを、きっと知っていたのでしょう。

だから僕にはできなかったことができたのだと思います。90年代、00年代、だんだん世間の「お荷物」になっていく〈文学部〉と〈文学会〉と、小説的に──つまりメディア的な目立ちを廃しながら──向かい合う。瓦解していくものの、その中心に立って、支えることはできないから耐える。だんだん志願者が減り、文学的覇気が(統計的には)減退していく学生たちを前に、かつての栄光がしみついた近代日本の建物に日々出入りして、しずかに講じる。亡びのなかにあって、家を守る。

東大本郷の文学部。ここは日本において「西欧近代的自我」を根付かせる教育の牙城でした。しかしここにも安田講堂の戦いがあった。あれを象徴的な境界として、文化エリートを官僚エリートや財界エリートと同時に造っていく東大本郷キャンパスの、近代日本における機能は崩れたわけです。

そのことの意味が忘却され、次の時代のシステムが顕在化してきたのは1980年代でした。村上春樹が登場し、それに引っぱられるように翻訳家・柴田元幸も現象となって、アメリカ文学の風景が大きく変わりましたよね。

ここまで書けば、阿部君、この本が、なぜ筆者が最後に村上春樹に着地せずにいられなかったか、その仕組みも解る気がしませんか。最後についているのは、本書の「かならずしも最良ではない部分」なのではありません。ここは本書の「部分」ではなく、むしろフレーム・ストーリーにあたるところ。『アラビアン・ナイト』の挿話の一つではなく、シャリア王とシェヘラザーデのおはなしの方です、語るべき小説が尽きたら死ぬしかない、近代のシェヘラザーデ姫が、アメリカ文学を盗んで、ポストモダニティの枠組みへ逃げていった男に対峙しているところです。

不穏なことを言いますが、その文章のトーンは呪詛です。村上春樹を「論じ」たりなどしていない。一般の人が、アメリカ文学史に入りやすいように春樹さんに言及したわけではありません。とんでもございません。村上春樹を「論じる」ときに、『ノルウェイの森』を持ち出すなんて見識のないことを、平石さんは、しません。あれは村上文学として最悪のものです。しかし同時に最強のものでした。その最悪にして最強のもの、それこそが現代の〈壁〉をつくっていることを、ここで、語るべきものの尽きた半径2メートルの語り手は、遺言しようとしている。──日本の優秀な若者を東大に吸い取ってきて、日テレや博報堂に就職させて、あんなテレビ番組や、こんなコマーシャルを創らせているこの「見えない、柔らかい壁」こそは、まさに近代的自我にとっての〈文学なるもの〉──知性とモラルと情緒の、抑制ではなく高揚と解放を謀るもの──に対する〈壁〉でしかない。

その壁に、本書の最後では、ぶつからざるを得なかった。この本は、そういう構造をしているのだから、仕方ないです。
@うまく構造づけられていて、A演技があり、B素直で正直に社会的機能を果たしながら、C悪態をついている。
これが本書の4つの美点です。ぼくとしては特にその「悪態」にしびれたことを伝えたくて、このブログを書きました。

村上春樹がエルサレムのスピーチで持ち出した「壁」と「卵」の比喩に、平石貴樹は、きっと、しずかにだけど、怒ってますよ。「あんたが卵の側に立つって?」と。

でも、それだけです。それ以上はしていない。自分を潰してみせるパフォーマンスとかはやっていません。ぼくが冷ややかな感動を覚えたのは、そのあたりのスタンスの取り方です。600ページかけて語ってきた、親密で清楚な2メートルの空間を守り通す。不穏な呪詛の念を抱えながら、社会の規範を守る行動を完遂し、そうしながら、おのれの(過去の時代に属する)小説的自我を燃やす。そんな真似は、ぼくには、まったくできません。圧倒されるだけです。
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2010年12月01日

『マイナー音楽のために』

 故・大里俊晴さんとは面識がありませんでした。
18年前に『ガセネタの荒野』を送っていただいていましたが、お返事もしていませんでした。僕がそれまで(いや、今日に至るまで)いただいたなかで最高の賛辞で綴られた、ほとんどファンレターのようなものがついていたので、大人でない僕は、やはり大人でなかったのだろう大里さんから逃げるように、ぷっつんしてしまったのだと思います。
 『マイナー音楽のために』、ポピュラー音楽学会の会長などになってしまった晩のパーティで、本書の企画者の渡辺未帆さんから手渡されました。わきに前会長の細川周平さんがいて、「ぼくも書いているので読んで」といっていました。読みますとも。最初のページの悪態にまず癒されます。あとはどのページも、目を落とすと、むかしのレコードをひっぱりだして、ターンテーブルに載せたような気持になります。
 類は友を呼ぶというのですか、(去年新宿であったとき色違いの同じ安物カバンを持っていた)須川善行さんの編集だし、敬愛する後輩の榑沼範久と対談していたり、高校のころよくギターを教えてもらった友達の結婚式でお会いした早川義夫さんへの思いが書かれていたり、今度編集長をやらされるハメになった『表象』の版元でお世話になる月曜社の本だし。
 結び合うパターン(a pattern that connects) という言葉、晩期のベイトソンが愛用していましたが、生死を超えて結び合うパターンについて、すこし考えてみようと思います。
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2010年10月29日

「演歌」をめぐる言葉/思いの変転

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 1974年代生まれの、輪島裕介さんの仕事には注目していました。
 これまで演歌の文化研究として、まとまった本は、ハワイ大学の若い日系研究者 Chiritine Yano の Tears of Longing が出ているくらいだったので、この人がちゃんとやってくれるだろうと予感していました。
 やってくれました。それも「です、ます」調の読みやすさ。音符は一つも出てきません。雑誌をはじめとする、そのときそのときの文献を調べた「言説分析」の労作ですが、わたしの世代の歌謡曲ファンなら、オー、オーと言いながら、すらり読めます。
 読んで、ちょっと悲しくなるかもしれません。整理するとこういうことか……そうだよな……と。
 あれれ、演歌って昔からあったものじゃなかったの? と驚くあなたは、〈古さ〉の商品化が〈新しさ〉の商品化より、熟成したマーケットを要するという、単純な真実に引き合わされるでしょう。
 もっと大きな真実についても考えさせられるかもしれなですよ。−−人間はいかにして時代に流されていく生き物かと。
 お国のために外地で戦ったお父さん、お爺さん、その行為の歴史的な事実など顧みる間も頭もなく、軍歌を歌って、いろいろ勝手な感傷にひたりました。
 同じ理由で、演歌の流れる屋台と、ステレオからポピュラー・ミュージックが流れる日当たりのいい洋間との分裂を生きてきた戦後世代は、「演歌」をめぐるフィクションに無頓着であったばかりか、その虚偽の演出に(あ、だから「演歌」か)心の底から加担していた。理性的になってみれば、すぐにわかる理屈をねじ曲げて、それによってナショナリズムと国際化をめぐる心のビジネスを守り立ててきた。
 言説は同定・固定を求めるもの。その一方で音楽は液体として流れ、時代もまた流れていく。
 時代の流れの中で、音楽に貼り付けられたラベル(ジャンル名とその意味内容)は剥がれ、すり替えられる。その過程を綿密に調査してまとめあげた本書を、まずは多くの日本人に読んでほしい。
 いや、つい調子にのって抽象的な感想を書いてしまったけれど、21世紀はいい時代です。
 わたしが『J-POP進化論』を書いたとき、YouTube はありませんでした。
 いまこういう便利なページがあります。若い輪島先生と一緒に昭和歌謡(この言葉の問題性については最後の章を読んでください)を学んでみよう。
 http://d.hatena.ne.jp/conchucame/20101016/p1

もうひとつ、こちらは自己宣伝。昭和がまだ郷愁とイコールでなかった1997年に、『郷愁としての昭和』という、いま見ると完全にトートロジーな題の本を出したことがあります。まるで「甘味料としての砂糖」というような。その本、いま久しぶりに手に取ってみたら、内容は「郷愁」というより「嘲笑」でした。「嘲笑としての郷愁表象」−−これ、早口言葉。
 まあ、言葉というのは、無意識に沈み、夢にとけて初めてすらすら使えるものになるという点では、「演歌」や「昭和」のトロケ方を分析した輪島さんの本も、言語学的射程をもつといえましょう。
 いつか、きっと、演歌シンポジウム、お相手させてください。
 

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2010年10月11日

tremor before Trevor(トレヴァーを前にぶるぶる)

けっこう頑固な思考スタイルでやっているので、じょうずに読めない作家が多い。歌であれば、20世紀のものは、ほとんどすんなり聞けてしまうのに、小説などにはつい、気むずかしく接してしまう。

とくにパワフルで、好きになりそうで、それを「困る」と感じる自分がいる場合は、臆病になるのか、読み出すのが遅くなる。(いったい、守るべき何をもっているというんだね?)

でも今日は、野原にでもいきたくなるような秋晴れ。散歩代わりに、この夏訳者の栩木伸明さんからいただいていたウィリアム・トレヴァーを三篇読んだ。

「ミス・スミス」女の先生にいじわるをされた生徒が、それに対するリアクションを、先生がミセスになって家庭に入ってから始める。それを元ミス・スミスが悪い方へ増幅し、以下省略するが、事態は異様な展開を見る。トレヴァーがまだ30代だったころの、1968年の渾沌の光?溢れる逸品。

「トラモアへ新婚旅行」
自分を侮辱して別れていった男との間に子供ができてしまい、地獄が恐くて堕胎(そう、今では死語の「ダタイ」)ができず、「いっそのこと」と思い詰めて、家の作男、孤児院からもらってきた、何の取り柄もない、デイビーと結婚しようと思い立つ。その新婚旅行の話なのだが、女の勝手な思い&振る舞いに接してデイビーが最後につぶやく言葉が健気というかなんというか。ゲロを吐いたゲロい女が酔いつぶれているところをうれしそうに抱く感じって、これも僕には相当の勇気が必要だった読書でした。

「秋の日射し」
アイルランドは10年前に一度、栩木さん自身からもらったパブ情報(下の表紙の写真みたいな店の)をもって、行ったことがある。レンタカーで田舎も回った。その秋の日射しが、今日はやけに懐かしくて、この作品に目が落ちたのだけど、いやあ、甘やかした放蕩娘がつれてきた男を観察する、牧師さんの心中の話でした。娘との距離を追認し、国の過去の非に対してホットになる若者との距離を確認する、そん老境文学。若さに対して頑固になっている私が、とりわけ防衛したいタイプの話だったかも。

ストーリー・テラーとしてのトレヴァーの実力は、ノーベル賞候補のオッズもつくくらいに、世界に知られている。そんな人の手で、老人同士の秘められた恋の話とか書かれたらたまらない。実際、まさにそういう物語が、この『アイルランド・ストーリーズ』には入っているのだ。だめだ、これは、今のところはパスアップ。

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2010年10月10日

30年前の仕事が明るみに

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ポプラ社の「百年文庫」が刊行されました。短編小説3つずつ、漢字一文字のタイトルをあしらった一冊にまとめる、全100冊の企画です。
http://d.hatena.ne.jp/xialu/20100908
その36巻が「賭」。わたしが担当したエインズワース(1805-1882)の「メアリ・スチュークリ」は、amazon.com によると

婚礼の前日、黒い瞳の女に心奪われた「わたし」。一瞬の忘我がもたらした運命の悪戯

という物語です。自分の仕事のような気がしていませんが、じつは、もともと国書刊行会の『悪魔の骰子』という(骰子って「ダイス」って読むのかしらん)アンソロジーの一篇として、若くて未熟なころに訳したものです。小池滋、富山太佳夫=編。そうそう、富山さんの信頼する後輩をやっていたころだ。グーグル検索したら、1982年刊行とわかった。もっと前、大学院時代の仕事かと思っていた。

過去の仕事はけっこう取っておくほうなのだけど、この本だけは無くしたのも気づかずにいた。高崎の文芸充実古本屋だった赤坂堂でふと対面したときは、熱いものを(赤坂堂さんに対して)感じました。その赤坂堂、このあいだ通りかかったら、更地になっていたっけ。ああ。

http://www.flickr.com/photos/mksd/4999235442/

今回の版は、訳文が違っています。
ピンチョンは Slow Learner の序文で、20年以上前の自分の書き物を見て、wall-to-wall rewriting の衝動に駆られたといっていますが、
ぼくはその衝動を実行に移してしまいました。全面訳し直し。あしからず。
posted by ys at 04:39| いただいた本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

朝青龍のニッポン、木村理子のモンゴル

木村理子(あやこ)著『朝青龍:よく似た顔の異邦人』(朝日新聞出版)
朝いちに、二時間足らずで読んじゃいました。
なんか、とてもよくできた講演を聴いたあとのような感動があります。

相撲ファン歴55年のぼくは、朝青龍のことでは、マスコミの品格のなさと、日本人の心の狭さにうんざりしていたのですが、
そんなレベルを飛び越えて、著者は異文化に生きることのリアリティを扱いました。
そのリアリティにおいて、朝青龍の人生と、木村理子の人生が、左右対称に浮かび上がってくるところが素晴らしい。

「朝青龍絶賛!」という帯が笑わせますが、人生において、自分とがっぷり四つの相撲をとった木村さんを讃えたのではないでしょうか。

木村さんは10年におよぶモンゴルでの研究を終えて、東大の表象文化論コースに日本語の博士論文を書きに入ってきて以来のおつきあい。
いちど、ぼくが主任のとき、待望の新研究棟ができて、木村さんから「朝青龍に土俵入りをしてもらいましょう。私が頼めばきます」とオファーを受けたことがあります。あれ、ほんとにやってたら、北の湖理事長と東大総長がいっしょに謝罪会見する展開になったりしたかも。

たくさんの人に読んでもらえそうだし、そうなるとモンゴル理解も広がりそうだし、うれしい本でした。
それにしてもこの「575」のタイトル、なんかカルタの読み札のようでおかしい。
posted by ys at 09:58| いただいた本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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