2014年01月22日
〈上巻〉だけのゲラ返し
2013年09月30日
『重力の虹』の進行報告
気がつけば9月が終わります。
『重力の虹』お待たせしています。
ブログなど書いている時間があったら、一パラグラフでも先に進もうと考えていましたが、お約束の季節になって、挨拶にまいりました。(キャジュアルな発言の場をもっているのが、どうも訳者だけのようなので)
で、マラソンに換算すると、42.195キロの40キロ付近をただいま通過中です。
とはいえ、一日進めるのは、だいたい150メートルくらいがいいところ。
遊んでるみたいで恐縮ですが、このマラソンの比喩、なかなかうまくできていて、この小説は全部で30500行くらいあって、42195メートルをこれで割ると、138センチ。だいたい一行が歩のストライドになります。しかしこの一行に、10とか13とかいう数の単語があって、それがつくるフレーズは飛び越しちゃいけない、掘り返し、植え直しでいかなくちゃならない。そうするとやっぱり、138センチを、亀のスピードで歩く感じになります。早いときで蛇か、ゴキブリ。
たとえばけさやったところに、こういう行がありました。
In her pack, Geli Tripping brings along a few of Tchitcherine's toenail clippings, a graying hair, a piece of bedsheet with a trace of his sperm, all tied in a white silk kerchief, next to a bit of Adam and Eve root and a loaf of bread baked from wheat she has rolled naked in and ground against the sun.
(最後から4つめのエピソードの冒頭。ペンギン版、p. 717)
本文で4行、長さ5メートルほどの文ですが、魔女見習いの少女ゲリーの包みの中身について書いてある。toenail は足の爪、graying hair は白髪交じりの髪(おっと、髪とは限らない、この文脈では体毛のイメージかも), spermは精液で、それがシーツにこびりついているところを切り取って、それらを包んだ白い絹のハンカチをキュッを結んだ。
何のために?
小説の筋がわかっていると、ピンとくる。333ページで退場してから、400ページ近く(ときどき記憶で言及される以外)ごぶさただった Geli なので、忘れてしまう読者もいるかもしれないですが、本書を愉しむためには、この魅力的な魔女っこゲリちゃんのことを憶えていないといけません。終戦のため会えなくなったチチェーリンを引き戻す魔法に、けなげに勤しんでいるシーンです。その細部を、ピンチョンがきちんと調べて書いているんだというところを見落とさなければ間違えない。
愛の魔法のお道具は、「アダムとイブの根」。なにか呪力がありそうな名前だが、調べてみると、これは「アプレクトルム・ヒエマレ」という以外に和名のないラン科の植物。その根はしばしば男や女の形に見えるからこの名がついたのだろう。この魔術には「愛のケーキ」も必要ならしく、その手順は、まず脱穀前の小麦の中を裸で転がる。それから籾殻を落とし、粉にして、焼いてパンにする。臼で挽くときは太陽が回る方向と逆(againt the sun=反時計回り)にする。
この訳で大丈夫か、ネットでウラをとるわけです。"ground again the sun" で検索すると、たとえばこういうページがヒットします。
http://www.northvegr.org/secondary%20sources/mythology/grimms%20teutonic%20mythology/03410.html
このなかに
Love-drinks have love-cakes to keep them company. Burchard describes how women, after rolling naked in wheat, took it to the mill, had it ground against the sun (ON. andsœlis, inverso ordine), and then baked it into bread.
という記述があって、ああ、ピンチョンは、ここから(グリム兄弟の兄ヤーコプの長大な民話神話研究 Teutonic Mythologyの 英訳から)知識を収奪したんだな、と推測できるわけです。20年前の国書訳では──まあインターネットもない時代でしたが──こういうこだわりの細部が、掘り返されてないんですね。旧訳の第4部が「すごく前衛的で、なんだかよくわからない」という印象があったとしたら、それは「裸になるのが彼女か小麦か」のレベルで挫折したり、粉を挽くのも魔術のうちであるという点に意識が及ばなかったりしているためです。
この小説は、複雑ですが、理路は整然としています。ふつう「理路」とは言わない論理の道筋までついています。あ、それをパラノイアというんでしたね。
2012年05月19日
コーイ・ハーリンゲンに見る、ピンチョンの音楽趣味
Charlie Parker (alto sax) Miles Davis (trumpet)
Bud Powell (piano) Tommy Potter (bass)
http://www.youtube.com/watch?v=hANODMX9c5g
Max Roach (drums)
2012年05月14日
改めて、新ブログのお披露目
『重力の虹』の知識サイトとしてのブログを、こちらで展開中です。
http://gravitysrainbow.seesaa.net/
右欄の Link からも飛んでいけます。
そちらには、英語の情報サイトのリンクも張ってあります。ピンチョンに本格的に関心のあるかたの参入を歓迎します。
去年このブログに書いていた『重力の虹』の情報や訳例も、だんだん移し替えていきましょう。
それと、どうもこういうサイトには、フェイスブックのようなコメント返しというキャジュアルな方法は似合いません。
双方向コミュニケーションの必要は感じています。メールアドレスをプロフィールに載せていますのでお使いください。
2012年05月11日
『LAヴァイス』のソングリスト(1)
66ページ
スコットたちのバンド、The Beer が練習していた "The Big Valley" のテーマソングです。
http://www.youtube.com/watch?v=Pg3HcxYcbog
この、ジャジャッジャジャをエレキギターでやり、それにボーカルをつけるという、センスあふるるオバカぶりに乾杯。
82ページ、
ウルフマン邸に向かう途中、この曲が カーラジオに流れてきたので、ドックは大音量ヴィブラソニックのスイッチを入れたのだと。
"Bang Bang" by The Bonzo Dog Band
http://www.youtube.com/watch?v=jVkDKL0BX-4
この歌「キル・ビル」のオープニングでしたね。
アイアン・バタフライ(129)といえば「イン・ア・ガダダヴィダ」! これをシンプソンズ・バージョンで。
http://www.youtube.com/watch?v=0PyBWLALFLQ
132ページ、
同じくブルー・チアーの十八番「サマータイム・ブルース」
http://www.youtube.com/watch?v=nU5uDozoSSM
144ページ あまりにも「いかにも」な、Electric Prunes "Too Much to Dream Last Night"
http://www.youtube.com/watch?v=RrBbWXZPmMY&feature=related
サーフの本道に戻って──
これは「ロレンス・ウェルク・ショー」の映像です。
シャンテイズの "Pipeline"
http://www.youtube.com/watch?v=j09C8clJaXo
そして、これをピンチョンが使わない手はない。トラッシュメンの「サーフィン・バード」 これは「アメリカン・バンドスタンド」の映像から(司会のDick Clarkさん、最近ご逝去されました)
http://www.youtube.com/watch?v=6GizTr6QLfc&feature=related
キューブリックが「フルメタル・ジャケット」で使っていて、それも検索できます。
ジョニー&ザ・ハリケーンズ。リーダーのジョニー・パリスがサックスという変わり種ですが、「レッドリバー・バレー」のサックス、なかなかです。
「バンブー」というのはこういう曲。
http://www.youtube.com/watch?v=2W_jn6Ewuwg
9章の冒頭、ノンストップのサイケデリック・サーフ特集に、
ドックが控えめながら趣味のいいコメントを付け加えていました。(174ページ)
チープでありながら趣味がいいし、実力もしっかりある、The Olympics などはそこがすばらしい。(ビートルズがカバーしているバージョンも見つかります)
The Olympics の"Shimmy like Kate"
http://www.youtube.com/watch?v=0cvubF1xm4g
ちなみに彼らには、「私立探偵」Pivate Eye という歌もありました。
http://www.youtube.com/watch?v=mhH3wOZiUno
デニスが夢中な「テキーラ」は今、日本の高校のブラバンの定番ですか?
ザ・チャンプスのオリジナル感覚を思い出しましょうや。
http://www.youtube.com/watch?v=c1nwT4DV58A&feature=related
上のふたつとも、ロックンロールがチープだった時代のものです。
だめです、人間も、音楽も、偉くなっては。
2012年05月10日
『LAヴァイス』登場人物一覧 改訂2版
5月13日 表を pdf ファイルと交換しました。
これを、クリックすると大きく現れます。
↓
登場人物.pdf
5月11日、エラー訂正&バージョンアップしました。
『LAヴァイス』、なかなか、登場人物の絡みが複雑です。
僕も訳しながら、脳内の RAM を増設したくなりました。
こんな形に並べてみたら、助けになると思い、エクセル(実はマックの numbers)
で書いてみました。誰が誰だか思い出せればいいと思い、それぞれの説明はいれません。
また、距離が遠くても繋がっている場合がありますが、線で結ぶのはやめました。
どうぞ、活用してください。
2012年05月08日
Happy Birthday, Mr. Pynchon.
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら
ロスに Trystero というコーヒーショップがあって、ただのピンチョン・ファンの人がやってるんですが、そこは今日、エスプレソが無料なんだそうです。
住所は、
2974 Glendale Blvd., Atwater Village; (323) 913-0204.
http://blogs.laweekly.com/squidink/2012/05/free_espresso_for_pynchons_bir.php
ピンチョンと誕生日が同じ人、いろいろいました。
アメリカ大統領、ハリー・トルーマン(+34歳)
文芸批評家、エドマンド・ウィルソン(+33歳)
映画監督、ロベルト・ロッセリーニ(+31歳)
ブルーズシンガー、ロバジョンことロバート・ジョンソン(+26歳)
詩人、エコロジスト、ゲーリー・スナイダー(+7歳)
ボクサー、ソニー・リストン(+5歳)
ジャズ・ミュージシャン、キース・ジャレット(-8歳)
ドイツ空軍による英国空襲が始まったのはトムが4歳の誕生日
VEデイ:第二次大戦で連合国が正式に勝利したのはトムが8歳の誕生日。
『LAヴァイス』の最後のシーンは、あとがきにも書きましたが、42年前の5月8日のことです。
翌日1970年5月9日づけのビルボード・チャートです。
#1── Guess Who: "American Woman"
#2──Jackson Five: "ABC"
#3──The Beatles: "Let It Be"
2012年04月28日
計算が合わないのも、ピンチョンの計算のうち?
スコットはザ・コルヴェアーズというバンドの一員を組んでいけれども、メンバーの半数は北のヴァインランド郡方面へ移住し、残ったのが、スコット(『ヴァインランド』によれば、リードギター兼ボーカル)とドラマーのエルフモントだけだった。
これと、『ヴァインランド』の記述を足すと、ザ・コルヴェアーズは、こんなイメージになります。
スコット・ウーフ(lead guitar, vocal)
ゾイド・ホィーラー(明記されないが多分 side guitar、ときどき vocal)
ヴァン・ミータ (bass)
エルフモント (drums)
「メンバーの半数」というのをどのくらい字句通りに取るかはともかくとして、自然に読めば4人のうち、2人が北へ行ってしまった、と取れる。
その二人とは、『ヴァインランド』によれば、ヴァン・ミータとゾイド。ソイドは片言をしゃべるプレイリーを連れて北への移住を敢行した。
『LAヴァイス』の物語の現在は、どこにも日にちが明記されていないが、背景情報におすべてが。1970年3月~5月であることを示している。
つまり、1970年3月には、ザ・コルヴェアーズの、スコットとエフルモントを残したメンバー半分は、すでにヴァインランドへ去っている。
だが『ヴァインランド』を覗いてみると
1969年1月 ニクソン政権誕生後、
同年5月 バークレイで「ピープルズ・パーク」闘争
その後、
「ロックンロール共和国」建国宣言、24fps がサーフ大学の闘争に参加
闘争崩壊→ フレネシの収容所連行
→ DLによるフレネシ奪回→ふたりのけんか別れ→ゾイドとの出会い、妊娠、結婚という出来事が60年代崩壊の文脈で描かれ、
これと1984年夏にプレイリーが14歳というサイド情報を合わせると、
5月生まれの牡牛座と明記されているプレイリーの誕生は、1970年5月というふうに画定される。
このズレまたはズラシは何なのか。ピンチョンは、ドック同様、マリワナ性健忘症なのか?
サトチョンの解釈は次の通り──
フィクションに描かれる出来事を何月何日か、探査できるようにしておきながら、ピンチョンはいつのまにか、それとなく「時空の歪み」をつくるイタズラに凝っている。
Vineland と Inherent Vice 2つの作品の「日付づけ」に凝る者は、あたかもエッシャーの階段を上らされるごとき思いを味わうということか。

2012年04月25日
次回配本『重力の虹』について

『LAヴァイス』のピンクの帯に、
2013年秋刊行予定 [最終配本]『重力の虹』[上・下]佐藤良明 訳
と書いてあります。
2012年のミスプリでしょ? と言われそうですが、間違いありません。日本語版『重力の虹』の入稿が 2013年3月になることは不可避であります。大きな企画になりますので、それから本になって並ぶまでが半年。
読者のみなさんにも、出版元にも、申し訳ないと思う部分もありますが、自分の力と作品とのバランス(正しくはアンバランス)を考えれば、いたしかたありません。
〈全小説〉シリーズへの懲役をあと一年ほど延長すると、おそれながら『ユリシーズ』(丸谷・永川・高松訳)に匹敵するくらいのレベルの『重力の虹』ができるのではないかと、そんな夢想に引っぱられて仕事を進めていくことができます。そのわがまま、お許し願いたく。
なお、サトチョンの翻訳日記を組み替えて、私的な日記と、日本語版『重力の虹』への情報&知識の提供を目的とするものの二つに分離する予定です。とりあえず、以前書いた記事一本を添付して、
『重力の虹』翻訳日記
http://gravitysrainbow.seesaa.net/
に貼り付けました。プログデザインがちと『メイスン&ディクスン』のようですが、いずれ変更を考えます。いつになるかはわかりません。
以上、ごあいさつまで。
2012年04月21日
ピンチョン氏出演、『LAヴァイス』プロモ・ビデオ
そのビデオが、たとえば pynchonwiki.com のページ で見られます。
→ これをクリック
ロスのサウス・ビーチの昔ながらの風景が絶妙に編集されていて。
バックのエレキは、いわゆる「サーファデリック・サウンド」というやつですか。
以下、ナレーションを訳してみました。
LA国際空港から車で南へおりていくと、好みのタバコを一本吸い終わる頃にはもう、ここ、カリフォルニア州ゴルディータ・ビーチってところに到着してる。いや、実際ここが本当にビーチだったのは昔のことで、その後は、ハイライズ(高層)、ハイレント(高家賃)、ハイ・テンションの場所になった。
でも今1970年に、ここはただ「ハイ」なだけだった。流通しているメキシコ産の安物のクサが10ドルせずに手に入ったし。もちろん種と茎だらけのやつだけどね。
ここに住んでたのは、だいたいがサーファーか、ドーパー(ヤク吸い)か、スチュワーデス──[複数形は]正式にはスチュワーダイと言うんだって──空港まで近いせいでここに住んで、フライトとフライトの間、いろんな通りのあちこちのバーにたむろしている。ってことで、毎晩がパーティ・ナイトさ。
おっと、オレの名前ね。名前はドック。私立探偵をやってる。探偵の俗称は「ゴム靴」だが、今のオレはさしずめ「ゴム・サンダル」ってとこかな。以前は、ハリウッド映画の伝統の探偵のギグみたいなこともやってた。パーティとか離婚沙汰とかでドラッグ逮捕劇のお膳立てしたり、警察があれこれ仕掛ける徹底捜査の手伝いとか、いろいろやってたよ。
しかしビーチに移ってきてからは、地味なことばかりだ。もうあんまりカルマを揺り動かすようなことはしない。荒手の航海は減ったね。実入りは悪いし、収益ゼロってこともあるし、逆にオレの方が結局ツケを負うことだってあって、そのツケってのが金だけじゃなく、もっとヘビーなことにもなったりするんだが、まあそれもグルーヴィかなと。いやグルーヴィだったんだ──ある日、昔の彼女が訪ねてくるまではな。その彼女がした話ってのが、ボーイフレンド──って呼ぶにはだいぶ年を食った男友達なんだが、そいつの妻と愛人とが絡んでて、聞いてみるとこれがだいぶ奇妙な話なの、まあ、それは本で読んでみてくれ。 Inherent Vice, ペンギン・プレスから、27ドル95セント。2ジュー7ドル、9ジュー5セントだと? ほんとかよ、それって3週間分の食糧の値段だったじゃないか。えーと、今、西暦何年だ?