2012年04月21日

『LAヴァイス』──how it begins.

『LAヴァイス』のオープニングをお読みください。

 彼女は細い路地を抜け、裏の階段をのぼってやってきた。昔と同じように。ドックは一年以上彼女の姿を見ていない。というか誰も彼女を見ていない。あの頃の彼女はサンダル履きで、花柄ビキニのボトムに色あせたカントリー・ジョー&ザ・フィッシュのTシャツをひっかけていた。それが今夜はフラットランドの堅物ルック、髪もバッサリ短く切って、あんなふうには絶対ならない、といっていた格好そのまんまだ。
 「シャスタか、シャスタかよ?」
 「幻覚だとでも思ってるわ、この人」
 「その新しい格好、幻覚かと思ったよ」
 カーテンをつけてもほとんど意味がないキッチンの窓から、街灯の明かりが差し込んでいる。寄せては返す波の鈍い音が坂の下から聞こえてくる。夜は風向きさえ良ければ、街のどこにいても波音が聞こえた。
 「助けがいるのよ、ドック」


きわめて限られた語数の会話が、思いを積み込んで進んでいきます。会話のところ、原文は──

"That you, Shasta?"
"Thinks he's hallucinating."
"Just the new package I guess."


 愛した女。今も愛する、去っていった女。最後に見たときは、野性のままの髪を垂らしたヒッピー女だった。それが、いきなり帰ってきたと思ったら、フツーの市民の格好をしている。時はシックスティーズとセブンティーズの狭間。目の前に立つ彼女の視覚像がドックには信じられない。「幻覚見てるわ」と言われて、幻覚なのはどっちだろうと思う。この「一般市民女性」のパッケージ一式、こっちが幻覚なのでは。何年も(とは明記されていないが)心にしまい込んでいたシャスタの方がリアルであって当然だ。男は女を姿において愛する。
 いやあ、いきなりテンション高いです。ロマンチック・ピンチョン。ハードボイルド・ピンチョン。いろいろあります、『LAヴァイス』。
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2012年04月12日

『LAヴァイス』は4月27日発売予定

訳者からというのも筋違いかもしれませんが、
『LAヴァイス』のカバーデザインをお披露目します。
『ニューヨーカー』などでおなじみのエイドリアン・トミーネ氏のイラストレーションになりました。

http://www.adrian-tomine.com/Illustrations.html

IVcover19-02.jpg

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2012年03月22日

『LAヴァイス』あとがきプレビュー(校正段階)

 Inherent Vice は現在最後の詰めの段階。面白いです。ピンチョンが60年代末から70年代初頭にかけて『重力の虹』を執筆していたのは、ロスのマンハッタンビーチであることが知られていますが、『ヴァインランド』のゾイドの六〇年代エピソードと同様、その〃ゴルディータ〃ビーチを本拠に、ロス圏一帯を(時にラスヴェガスまで含めて)動き回る物語。一本のプロットで時間通りに進むところは『競売ナンバー49の叫び』以来の緊密さ。でも探偵さんがヒッピーですから、『ヴァインランド』程度にはおちゃらけてます。大いに期待してください。発売は四月末。タイトルは『LAヴァイス』となります。
 このタイトルについて、「解説」で説明しました。まだ直りますが、こんな感じです。




 Inherent とは「そのもの固有の性質として備わっている」という意味の形容詞。Vice は「邪悪」と「欠損」の両方を意味する語である。
 船の事故に関し、海上保険会社は、貨物(または船舶)の自然な所作に近因して生じた損害について、保険の支払を免除される。たとえば疲労亀裂が原因でマストが折れて事故になったりした場合、それはインヒアレントなヴァイス(固有の瑕疵)が原因だとして、支払い拒否を主張することができる。
 小説中、主人公のヒッピー探偵ドックの友達で、海洋保険専門の弁護士をやっているソンチョは説明する──LAを船に見立てて、その海上保険契約を書くとしたら、地震源のサンアンドレアス断層は、その船に「固有の瑕疵」ということなるな、と。

 LAが船である、というのはどういうイメージだろう。これは「部分が全体を表す比喩」のようなもので、LAはアメリカ合衆国に等しいのか? 『競売ナンバー49の叫び』で、LA圏にサン・ナルシソという都市を描きながら、最後にサン・ナルシソをアメリカと等号で結んだように? しかしLA=USとすると、それが〈船〉であるとは?
 この小説に出てくる〈黄金の牙〉号は、スクーナー船である。数本のマストにヨットのような帆を張ったこの帆船は、今でこそリッチな階級の遊行の具だけれども、植民から建国期のアメリカの海岸を盛んに走っていたタイプの船だ。その船がインドシナ戦争まっさかりのアジアまで出かけていって、「ニクソン紙幣」を巻いたり、ヘロインを運んできたりするというのはどういうことか?
 しかしその船はもともと〈プリザーヴド〉号といって、ソンチョがこれを愛人のように愛し、ドックはドックでヘロインから立ち直ったサックス吹き一家の安全な航行を、この同じ(名前だけ違う、Preserved=時の荒波から囲われ保護された?)船に託すとはどういうことか?

 その問いにここで答えようとするのは控えたい。ただ、メルヴィルの『白鯨』のピークォッド号が、世界の人種を乗せて神にも挑戦しようというUSという国の野望の象徴であるとしたら、ここでピンチョンは同様の幻視的思考を展開していると考えても、大きな無理はないだろう。壁の5セント・コインから飛び出てきたジェファーソンは、作品のテーマをアメリカ史の全体に押し広げて考えることを容易にする。ピューリタンの神の光に導かれたこの国の、そもそものありようである悪ないし欠陥[傍点](inherent vice)は、歴史の流れに流されようもなく居すわり、常に厄災を世界に与え、自ら被り続けている。

 ふり返ってみれば、ピンチョンの小説は「時間に内在するどうしようもない力/傾向」について書き続けてきた作家だ。初期の作品では「エントロピー」という概念が重要な役割を演じた。だが次第に、その抽象観念は、歴史を動かす人間の犯す諸悪との結びつきを具体化させてきた。粗暴な〃科学的〃論理思考。ピューリタニズム。それらの展開形である、機械文明の展開そのものに埋め込まれた〈ヴァイス〉が歴史の舞台に表出したものとしての帝国主義。第二次大戦。ナチズム。ロケット。『LAヴァイス』の背後にあるのも、『ヴァインランド』の背後にあるものと同様、近代ヨーロッパに発し、アメリカという国の屋台骨に潜む悪ないし欠陥である。それはもう、『メイスン&ディクスン』の心ある観察者には見えていた。清教徒とその末裔が「神の光」とするもののなかに〈ヴァイス〉は籠もっていた。その光に逆らった『逆光』の闘争者をものともせず、六〇年代カリフォルニアの若者たちのユートピアの夢を叩きつぶしながら、アメリカに埋め込まれた基本的な欠陥(根からの性悪)は歴史を進む。

 Inherent Vice という題名をどう訳そうかと、訳者二名に、新潮社の北本壮さんを加えた三人は、ゲラの初稿を返し終えても、まだ議論を繰り返していた。譲れない条件は、原題とのつながりが保たれていること。そして物語を表していること。「悪の潜み」「悪の沁み」と、ニュートラルな線を狙うか(でもこの小説は、それについての本じゃないでしょ)、「傷みもの」「キズモノ」などというフレーズで、保険用語「固有の瑕疵」の意味合いを出すか(しかし、なんか演歌っぽいなあ)。それとも「重力の虹」と同じくらい壮大に「時の傷」なんて言い方で、エントロピックな世界観を表現するか(でも、この小説の読書感って、そういうのと違うよね、もっとヒューマンで、アッケラカンとしてるよね)。
 ええい、ままよ。われわれは『LAヴァイス』という題の軽薄さを受け入れる覚悟を決めた。軽い方が、下手に、陳腐な深みを装うよりはいい。だって、実際、ドックって男も、このありえないのにリアルで、ジンとくるのに結局おバカな物語も、スットン狂に、ファーラウトに、突き抜けているのだから。
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2011年11月04日

『ヴァインランド』エラータ

このたび巻末の「ヴァインランド案内」には力を注ぎましたが、校了ギリギリまで書いていて、編集・校閲・印刷の過程で多大の迷惑をかけました。

それでも今のところ、読者を混乱させる誤りはわずかかと . . . 思っているのですがどうでしょうか。

ページ数に関する以下の誤記は読者を迷わしそうですので、ここで訂正させていただきます。正しくは以下の通りです。

p.574
189〜206 DLが語り出し、語り手が引き継いだ(……)物語。
 283〜295 ディッツァ宅のスクリーンの中にプレーリーが見る(……)フレネシ。

p. 576 1行目
 プレーリーが[463-474]、〈解毒院〉を脱走してラスヴェガスを経由した……

 
他に間違いを見つけた方がいらっしゃったら、すみませんが、下にコメントいただければ、ブログ本文に掲示し直します。
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2011年10月25日

2011年10月14日

新ヴァインランド・カバーデザイン

旧版のカバーデザインは、挿画風でした。ベトナムを飛んだようなヘリがヴァインランドの巨木の森に飛んできて、テレビや忍者やエレキギターを落としている。これ、ピンチョン氏もお気に入りと聞いています。

今回のカバーは、しっとりとして、しかもシンボリック。
絵を描いてくださったのは、須藤由希子さんです。

自然の図形で埋め尽くされたレッドウッドの森。世界一の巨木林。この目の位置で少なくとも10メートルくらいあります。このオームも人間の子供くらいの大きさがありそうです。
森を貫く直線道路が一本。文明人しか作らない形ですね。
アメリカの黄色いセンターラインが鋭く伸びていて、これが光線のよう。
どこまでも伸びていくスポットの光のような、まっぷたつに分断する線としての、鋭利な、ちょっと悲劇的でもある光の線。
それを見事に描いていただきました。


VLcover15-02.jpg


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2011年10月10日

神の光に掠われて−−Vineland 旧訳の欠点補足


今回刊行の『ヴァインランド』の訳文アップグレードで、一番ホッとしているのが、「携挙」と訳される、rapture について訳し込めたこと。

この言葉、「恍惚」という意味で、もともと「天国への連行」−−a carrying of a person to heaven (Webster III)−−というイメージがあるということは知っていました。

Vineland でこの語が最初に出てくるのは、バークレーのデモ隊と機動部隊との対峙シーンをフレネシがが撮影していて、間に一人残されてしまうところ。そこにDLがバッドな紅とシルバーのチェコ製モーターサイクル「チェ・ゼッド」に乗ってやってきて、フレネシを掠っていく。その部分、テクストに一言

 Biker's rapture, for sure.

とあるんです。これを僕は、

 バイカーの恍惚。きっとそれにちがいない。(河出、世界文学全集版 p.151)

と訳していました。ダメです、これ。今は、こんな動画も上がっているくらいですし、無知は許されません。

http://www.youtube.com/watch?v=ezURS1YsZxA 

世界の終わりに、真の信者は、体ごと天に連行されていく。それを rapture と呼ぶ。これが現代のアメリカの、特に共和党支持の強い地域に住む人たちの間で人気沸騰している考え方。携挙によって救われない人は、地上に残される。アニメでは、残された男が Why, Why? と叫んでいますね。

 バイクに乗ったDLに携挙される、それに先立つパラグラフでフレネシはスーパーマンや、ターザンに救いを訴えています。どちらも上から降りてきて、自分を掠ってくれるヒーロー。どちらも、ポピュラー・カルチャーにおける rapture イメージとして重要な例でしょう。(二度目にDLがフレネシを掠ってくれるところで、彼女は黒衣の怪傑ゾロなっているのですが、この点を論じるのは、また別の回ですね)

実は、Vineland の出版(1990)から5年ほどして、Left Behind という、Rapture 後の世界を描いた小説が、アメリカでベストセラーになりました。シリーズは次々好調で、1998年には、ベストセラー・リストのトップ4を、同一著者が占めるという、まるで34年前のビートルズ現象を思わせるような出来事が起こっています。

60年代のポップカルチャーは、保守の体制を打ち破ろうとする衝動を焚きつけました。それが攻守逆転をした、というのが『ヴァインランド』の描く物語で。その立役者として登場するブロック・ヴォンドの背後には、現実のニクソン〜レーガンの施政があからさまな形で示されています。でもその物語は、ローカルなアメリカを知らず、グローバルなニュースしか見ていなかった僕らにはなかなかわかりにくい。9.11後のアメリカを見て、日本のジャーナリズムは、やっとネオコンがどうのと言い出したのでした。

早くも1984年に、アメリカという国はすでにオーウェル的なファシストの国になりつつあることをピンチョンは看破していて、そのヴィジョンを込めた小説が『ヴァインランド』だったと言えます。これは基本的にはナチスの糾弾である『重力の虹』より「危険」な小説です。アメリカにオーウェルの「1984年」が出現している、レーガンはファシストであるというわけですから、テキストにオブラードをかぶせたような、はっきりしない部分が出てくるもの頷けるでしょう。

もとよりピンチョンは、この世の終わりに「救われる人」と「残される人」とが二分されるカルヴィニズムの選民思想を敵に回していました。『競売ナンバー49の叫び』は、アメリカ=新教カルヴィニスト産業体制が、カトリック・スペインに由来するトリステロに突き崩されるという状況を描こうとしているように見えますし、『重力の虹』もイギリス=オランダ=ドイツのエリートが、有機化学からサイバネティックスまでの知を占有して地球を我が物にしていくという話でした。

だとすれば、同じ構図が『ヴァインランド』に見あたらない方がおかしい。いや、しっかりとあったのでした。この小説、rapture をキーワードにして読んでいくと、いろんな記述が繋がってきます。ヴォンドが最後にヘリからプレーリーを「携挙」させようとするところもキーとなります。フレネシがヴォンドに寝返るオクラホマのモテルのシーンも、背後の竜巻の光景が rapture が起こる「確証」として出てきます。

フレネシという人物をどう捉えるか、という点にもこれは関わってくる。『重力の虹』のカティエと、彼女はどうつながるのか。謎の女V.とは? 

カルヴィニズムの堕落バージョンが、ポピュラーなイメージカルチャーと収奪した権力によって盛り上がり、ニクソン〜レーガンの政権基盤を固める。それを影で操っている人たちがきっといる . . . 。そんなパラノイア的/アナキスト的ヴィジョンが、どうしてもピンチョンのテクストにはつきまといます。

ロックの反体制を、いつも突飛にエロっぽいレディ・ガガのMTVに誰が導いたのか−−というあたりをパラノイア的に探っていくと、フリーメイソンの活動を調べ、さらにユダヤ教神秘主義を学んでいかないといけないという話になりそうなのがピンチョンで、ここは僕のたいへん苦手とするところですが、その欠落を補う意味で、rapture 絡みの話を、旧訳の訂正かたがた、今回はしてみました。

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2011年10月07日

全小説:『ヴァインランド』の次が『Inherent Vice』になること。

昨年12月の『スロー・ラーナー』以来、3月の『V.』、7月の『ロット49(競売ナンバー49の叫び)』に続いて『ヴァインランド』新訳を校了した。

で、今後の刊行である。出版社のウェブサイトがなかなか改まらないので公表をためらっていたが、さきほど『ヴァインランド』の帯に、

(次回予告)2012年4月刊行予定『インヒアレント・ヴァイス』栩木玲子+佐藤良明訳、訳し下ろし
      (書名は変更になることもあります)

と刷られることを確認しました。(書名は適切な日本語になります)

つまり、次回の配本は『重力の虹』ではありません。『虹』は来年中にということで、何月になるか確定していません。



以下は、駄弁(牛便)にも聞こえるので、つきあってくれる人だけつきあってください。
今回の新『ヴァインランド』の「あとがき」には僕はこのように書きました。

 手直しの繰り返しを恥じてはいません。ピンチョン文学の優美さは、常識を超えた作業時間の賜ですから、三度目くらいで「訳せた」なんて思い上がってもいません。(……)ピンチョンという作家は、天才というよりむしろ、自らを途轍もなく大きな器にしていくための努力の持続がすごい人。ピンチョンばかり翻訳する毎日を過ごすうちに、訳者も少しずつ謙虚さを教えられてきたような気がします。

 本には売り物としての品位というものがあるから言葉を選んではいるけれども、ぶっちゃけ、「オレにはこの本、肝腎なところ、理解が追いついていなかった。そういうところがボロボロでてきて、泡食って、修繕に没頭していたんですよ」という話である。

 『V.』『49』『虹』と訳してきて初めて「あああ!」と意味の取れた文が出てくる。いかにもピンチョンらしい独特な意匠が、一見ふざけたエピソードの裏側に透けて見える。そりゃそうだろう。30代で『虹』を描き上げた作者が、ずいぶんと熟成して、50代になって、一見誰にも読めそうな作品を世に問うた。膨れあがる志を readable な鞘に収めるためにエクストラな努力をした。それだけ時間もかけている。その全貌が読み手の鞘に収まるには、こっちも相当、鍛えられていなくてはならない。

 一作仕上げるのに、この作家は、どれだけ書き直しをするのだろう。一ページにこれだけの情報を込めるのに、どれだけのリサーチと経験を積んだのだろう……。生産性を無視することによって頂点を極めた作家がピンチョンなのだ。そのテキストを訳そうというヤカラにも、どうしたってアートへの謙虚さと、商業倫理への不良な姿勢が必要になる。

 そんな気持ちで僕は『ヴァインランド』に関しては、作戦上、校了のゴングと共にリングを降りた。全作品の編集を担当している北本さんには、今回も荊の道を引き回すことになってしまった。だが、これで自分が関わる6冊中5冊の「刊行予定」はなんとか守れる。
 
 『Inherent Vice』 は栩木玲子さんが引っぱったりカバーしたりしてくれるのでゴールはそう遠くない。しかし『重力の虹』。この夏には終わります、と一度ブログに書いたのは覚えているが、その夏に、翻訳できていると思い上がっていた『ヴァインランド』で大汗をかいた。これからはもっと謙虚になって、しっかりと出版社に迷惑をかけなくてはいけない。
 待ってくださっているみなさんに、今のところできるのは、勤勉に働くことの約束だけです。ご了承ください。
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2011年10月06日

『ヴァインランド』新版校了

ごぶさたでした。
ずっと『ヴァインランド』の仕事にこもっていました。きのうギブアップして、あとの直しは校閲さんの手に委ねました。

『ヴァインランド』の表紙も届きました。レッドウッドの森に道が一本延びています。森の描き方は細密画風でも日本画風でもあって、オウムと花だけ着色されています。黄色いセンターラインが鋭く伸びていて、これが光線のよう。フレネシが禍々しくも放つ照明ライトのよう。−−自然と文明、光と薄明、クラシックなアメリカ文学のテーマそのままといった感じです。


本文44字 x 20行で正味550ページ。そのあとに、注ではない、本文と独立した66ページほどの読み物がきます。



ヴァインランド案内

ヴァインランドの歴史
 紀元1000年、バイキング船のヴィンランド到着から始まる年表です。(8ページ)

『ヴァインランド』のカリフォルニア
 カリフォルニアを北から南へ辿りながら、登場人物の地理的・社会的背景を語る。カリフォルニアの地図つき。(8ページ)

『ヴァインランド』という小説
 地理と歴史を組み込んで「時空」を這う、ピンチョンの特別な語りの進行を図解。1984年を外皮に、1978年や1969年、さらには1930年代、1910年代の古層も含む老木の断面図のような、フラクタル図形にも見えるグラフつき。(8ページ)

ヴァインランドのポップ音楽
 ザ・コルヴェアーズと60年代音楽/闘争とロック/サーシャとハブの青春時代/アメリカの田舎歌/ラフル、タケシ、ヘクタの音楽性/ほか (14ページ)

ヴァインランドのテレビと映画
 SF&ホラー/警察物/家族コメディ/ドタバタ・チェース・スーパーマン/TVピープル/今時の売れっ子が主演する往年のスター物語/往年のハリウッド映画/映画撮影編集装置(14ページ)

ヴァインランドの麻薬と車、その他の耽溺
 マリワナと法規制/LSDとカウンター・カルチャー/その他のドラッグ・非ドラッグ/生死の混淆/衣食のファッション/車/銃/キリスト教的「超越」(14ページ)
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2011年08月24日

山本リンダのご退場:Vineland 新訳詞

(25日11時改稿)
10月末に刊行予定の『ヴァインランド』を、新潮社さんは「決定訳」として謳うというので、原文に近づける努力をしている。

だが前訳で傍若無人に振る舞った−−原文から遠いところがあっても、最終的な読書体験が close enough なら、その場その場のノリを選ぶという態度だった−−ので、たいへんである。


河出版136ページに、アメリカの女ニンジャ(名はDL)がラルフ邸の結婚披露宴で、パンクバンド「ビリー・ゲローとザ・ヘドーズ」をバックに、ウージィ銃を手にして歌うシーンがある。そのナンバー、僕の "訳詞" はこうだった。

わたしは危険は女の子ぉ
ウージィ手にすりゃクレイジィ!
グーな中東の機関銃
ぶっぱなすたび、胸がプルプルーン

モデルに負けないこの体
カーキにつつんで砂漠に出かけ
ドゥドゥドゥドゥンドゥドゥ、ババババズーン、
あーん、もう止まらないー!

泡風呂浴びてトラブル流そ
ウージィ娘はジャクージィ!
真っ赤なベンツのアクセル踏んで
ほしいものなら、ドゥドゥドゥドゥンドゥドゥ
あーん、いただきよ(バビューン!)



これ、原文と激しく違う。だが当時は気に入っていた。
翻訳についての連続講座で、自分の番がまわってきたとき、こんなに違っていても「訳せてる」でしょ?
と学生の前で披露したこともある。

しかしどうだろう。ウィージーを手にしたDLがマフィア一家の旦那衆を喜ばせる歌を歌っている、というところはできているけれど
「DLは山本リンダか?」という疑問が湧くし、
「ドゥドゥドゥドゥンドゥドゥ」というリズム取りは、荒木一郎の「いとしのマックス」とブルーコメッツの「青い瞳」の混合のようだけれど、それでいいのかも問題だし、
「わたしは」で始まる第一行は、弘田三枝子「子供ぢゃないの」の記憶がそのまま出てしまっているようだし・・・それでいいのか。

新潮社の名高き校閲部の方が、現行版をもとに作ったゲラに、書き込みをいれてくれた。
「ベンツとジャクジー、別の連のような気もしますが……」
原文の4連、訳バージョンでは3連に詰まっていることを、申し訳なさそうに、指摘してくれている。
いくらなんでも、訳者が横暴である。より正確な訳をめざして、原文のリズム取りから始めよう。

実は、この歌、どこの人だか知らないが、すでに誰かが作曲・演奏したものが、YouTube に上がっている。
Lodger - Floozy with an uzi

どうだろう。僕は違うと思う。このリズム取りは、ピンチョンがこのシーンにぶち込みたかった ザ・ヘドーズ、フィーチャリン DL の音楽ではない、と。最初から、8ビートが派手に響かないといけないと思う。

一行目、Uzi と書かずに、U-U-zi と表記している。
Just a girlie のあとに、カンマを置いているのも、リズムを取る上で重要な情報だ。

Just a floo-zy with-an U-U-zi
Just a girlie, with-a-gun . . .
When I could have been a model,
And I should have been a nu-un . . . .


これを、4拍子の拍(ロックの8ビートを感じながら)で表記すると、ピンチョン自身が口ずさんでいた最初の4小節は、こうなのではないか。

drum | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
Just a |floo-zy ・   ・   with-an |U -  U  - zi ,  Just-a|
    |girl-lie ・   ・   with-a |gun

これを日本語で

ちょっと |クレイジィ ・   ・ こんな |ウ  ウ  ジィ もって|
     |なに    ・   ・  して |る  う   の  (モデ)

このエイトビートをキープしたまま、全体、訳詞しなおしてみよう。

ちょっとクレイジィ、こんなウーウージィ
もって何してるーの
モデルの、カラダ無駄にして
尼僧の修行、ほったらかして


次のスタンザだが、ここはいきなりシャウトになる。

Oh, just what was it about that
Little Israeli machine? . . .
Play all day in the sand,
Nothing gets, jammed, under-
Stand . . . what I mean?



1小節めの8部音符の8連発がきている、と思う。こんな感じ

drum |タ  タ  ダ ダ  タ  タ  ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
. Oh|just-what was-it 'bout-that lit-tle | ・   Is - rae-li ma-chi 
.  |ee - ee - een

次の1行の余りがどうもよくわからないが4行めと5行目は、上と同じ旋律で

drum |タ  タ  ダ ダ  タ  タ  ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
.   |No-thing gets,  jammed, un-der | ・ ・ stand what-I - me-
. |ee - ee - een

”Nothing get jammed” とは、機関銃の弾がバチバチ、滞りなく出ていくという文字通りの意味だろうが、
Jammed を言う前に一瞬ポーズを置くことで、この語に二重の意味があることを、伝えようとしているのかもしれないし、単に jam という音に力を加えて発声したということかもしれない。

drum |タ  タ  ダ ダ  タ  タ  ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
オー |どうなっ  てんの こ の  っ  |・  イスラエル マ シ
.  |−−   −−ン 
.  |ぜんぜん  引っ掛  かん   ない | わ っ か る そ の 意 ミ   
.  |――   ――ン?

not get jammed の訳語として「引っ掛かんない」が不満だが、それ以上は、申し訳ないが、今のところ僕の手に余る。

で、第3連だが、これはAメロでも歌えなくはないが、音節数が多いのでここも日本語では盛り上げてみた。

以下原文と訳文だけ−−

So Miste, you can keep your len-ses,
And Sist-ter, you can keep your beads . . .
I'm ridin' in Mercedez Benz.
I'm takin' care of all my nees . . . .

ヘイ、ミスタあなたの、大事なメンツ
シスター、あんたはその数珠[ルビ/ビーズ]
あたしの場合は この、ベンツ
ブッとばすのが、心のニ−−ズ!


4連は確実に1連と同じである。

I'll lose my blues, in some Jacuz-zi
Life's just a lotta good clean fun,
For a floo-zy with-an U-U-zi,
For a girlie, with-a-gun . . .

ちょっとジャグジィ、浴びてブルージィ
な気分は洗い流そう。
ほんとクレイジィ、こんなウージィ
持ってブッとばしに行く・・・



ふっ、時間を使った。先を急ごう。
posted by ys at 12:09| Comment(0) | ピンチョン通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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