(25日11時改稿)
10月末に刊行予定の『ヴァインランド』を、新潮社さんは「決定訳」として謳うというので、原文に近づける努力をしている。
だが前訳で傍若無人に振る舞った−−原文から遠いところがあっても、最終的な読書体験が close enough なら、その場その場のノリを選ぶという態度だった−−ので、たいへんである。
河出版136ページに、アメリカの女ニンジャ(名はDL)がラルフ邸の結婚披露宴で、パンクバンド「ビリー・ゲローとザ・ヘドーズ」をバックに、ウージィ銃を手にして歌うシーンがある。そのナンバー、僕の "訳詞" はこうだった。
わたしは危険は女の子ぉ
ウージィ手にすりゃクレイジィ!
グーな中東の機関銃
ぶっぱなすたび、胸がプルプルーン
モデルに負けないこの体
カーキにつつんで砂漠に出かけ
ドゥドゥドゥドゥンドゥドゥ、ババババズーン、
あーん、もう止まらないー!
泡風呂浴びてトラブル流そ
ウージィ娘はジャクージィ!
真っ赤なベンツのアクセル踏んで
ほしいものなら、ドゥドゥドゥドゥンドゥドゥ
あーん、いただきよ(バビューン!)これ、原文と激しく違う。だが当時は気に入っていた。
翻訳についての連続講座で、自分の番がまわってきたとき、こんなに違っていても「訳せてる」でしょ?
と学生の前で披露したこともある。
しかしどうだろう。ウィージーを手にしたDLがマフィア一家の旦那衆を喜ばせる歌を歌っている、というところはできているけれど
「DLは山本リンダか?」という疑問が湧くし、
「ドゥドゥドゥドゥンドゥドゥ」というリズム取りは、荒木一郎の「いとしのマックス」とブルーコメッツの「青い瞳」の混合のようだけれど、それでいいのかも問題だし、
「わたしは」で始まる第一行は、弘田三枝子
「子供ぢゃないの」の記憶がそのまま出てしまっているようだし・・・それでいいのか。
新潮社の名高き校閲部の方が、現行版をもとに作ったゲラに、書き込みをいれてくれた。
「ベンツとジャクジー、別の連のような気もしますが……」
原文の4連、訳バージョンでは3連に詰まっていることを、申し訳なさそうに、指摘してくれている。
いくらなんでも、訳者が横暴である。より正確な訳をめざして、原文のリズム取りから始めよう。
実は、この歌、どこの人だか知らないが、すでに誰かが作曲・演奏したものが、YouTube に上がっている。
Lodger - Floozy with an uziどうだろう。僕は違うと思う。このリズム取りは、ピンチョンがこのシーンにぶち込みたかった ザ・ヘドーズ、フィーチャリン DL の音楽ではない、と。最初から、8ビートが派手に響かないといけないと思う。
一行目、Uzi と書かずに、U-U-zi と表記している。
Just a girlie のあとに、カンマを置いているのも、リズムを取る上で重要な情報だ。
Just a floo-zy with-an U-U-zi
Just a girlie, with-a-gun . . .
When I could have been a model,
And I should have been a nu-un . . . .これを、4拍子の拍(ロックの8ビートを感じながら)で表記すると、ピンチョン自身が口ずさんでいた最初の4小節は、こうなのではないか。
drum | タ タ
ダ ダ タ タ
ダ ダ | タ タ
ダ ダ タ タ
ダ ダ Just a |floo-zy ・ ・ with-an |U - U - zi , Just-a|
|girl-lie ・ ・ with-a |gun
これを日本語で
ちょっと |クレイジィ ・ ・ こんな |ウ ウ ジィ もって|
|なに ・ ・ して |る う の
(モデ)|
このエイトビートをキープしたまま、全体、訳詞しなおしてみよう。
ちょっとクレイジィ、こんなウーウージィ
もって何してるーの
モデルの、カラダ無駄にして
尼僧の修行、ほったらかして次のスタンザだが、ここはいきなりシャウトになる。
Oh, just what was it about that
Little Israeli machine? . . .
Play all day in the sand,
Nothing gets, jammed, under-
Stand . . . what I mean?1小節めの8部音符の8連発がきている、と思う。こんな感じ
drum |タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
. Oh|just-what was-it 'bout-that lit-tle | ・ Is - rae-li ma-chi
. |ee - ee - een
次の1行の余りがどうもよくわからないが4行めと5行目は、上と同じ旋律で
drum |タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
. |No-thing gets, jammed, un-der | ・ ・ stand what-I - me-
. |ee - ee - een
”Nothing get jammed” とは、機関銃の弾がバチバチ、滞りなく出ていくという文字通りの意味だろうが、
Jammed を言う前に一瞬ポーズを置くことで、この語に二重の意味があることを、伝えようとしているのかもしれないし、単に jam という音に力を加えて発声したということかもしれない。
drum |タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ | タ タ ダ ダ タ タ ダ ダ
オー |どうなっ てんの こ の っ |・ イスラエル マ シ
. |−− −−ン
. |ぜんぜん 引っ掛 かん ない | わ っ か る そ の 意 ミ
. |―― ――ン?
not get jammed の訳語として「引っ掛かんない」が不満だが、それ以上は、申し訳ないが、今のところ僕の手に余る。
で、第3連だが、これはAメロでも歌えなくはないが、音節数が多いのでここも日本語では盛り上げてみた。
以下原文と訳文だけ−−
So Miste, you can keep your len-ses,
And Sist-ter, you can keep your beads . . .
I'm ridin' in Mercedez Benz.
I'm takin' care of all my nees . . . .
ヘイ、ミスタあなたの、大事なメンツ
シスター、あんたはその数珠[ルビ/ビーズ]
あたしの場合は この、ベンツ
ブッとばすのが、心のニ−−ズ!4連は確実に1連と同じである。
I'll lose my blues, in some Jacuz-zi
Life's just a lotta good clean fun,
For a floo-zy with-an U-U-zi,
For a girlie, with-a-gun . . .
ちょっとジャグジィ、浴びてブルージィ
な気分は洗い流そう。
ほんとクレイジィ、こんなウージィ
持ってブッとばしに行く・・・ふっ、時間を使った。先を急ごう。