2011年12月29日

一年のバカ、総ざらえ

12月30日(金) 6:30 PM〜 「幸せなバカ、勢ぞろい」
      RadioTAKASAKI FM 720 ”Air Place”


♪ しあわせなバカタレ・・・

矢野顕子です。『監督失格』という、なにかすごく重い映画の最後に流れるんですが、《しあわせなバカタレ》という言葉だけとれば、ハイハイ、こんな歌のコーナー、毎週休まず三年目に入ったワタクシメも、実にしあわせなバカタレで。

でも、キウイが尊敬してやまぬ人たちって、みんなそのケがあるんですわ。ジョンとヨーコなんか凄かったぞな。
http://www.youtube.com/watch?v=n4rBsbL0M6k

これ、知り合って14年後? まだ人前でこんな歌、歌ってた。9年前に"Oh, Yoko" ってバカタレな歌を出して、死ぬ前に、『ダブル・ファンタジー』でまたこれやってた。ヨーコさんもヨーコさんで−−47歳だったよね−−「抱いて、抱いて」って歌ってました(《Kiss, Kiss, Kiss》)。

バカタレなことにかけては、こちらの方が、先行ランナーだったかもしれない、フランク・ザッパ。Mothers of Invention の最初のアルバム『Freak Out! 』所収の、「余は如何にして、かかるバカになりえしか」(《How Could I Be Such a Fool》)
http://www.youtube.com/watch?v=AN1616sH2oA
いやあ、ほれぼれする声じゃ。

いやいや、ロック界の大物はみんな「フール」の自覚がある。プレスリーの「オレみたいなバカ」《A Fool Such As I》 をカバーしたディランを聴いて下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=SDjPm5SHmsk

今年の感動の言葉、私的には、スティーブ・ジョブズでよみがえったStay foolish. この歌、ぜひ持ち歌にしたい;《Fool on the Hill》。これを誰で聞くかというと−−

http://www.youtube.com/watch?v=no_G6Qyo04k

1977年って、ビョーク11歳ですか。かわいすぎる。アイスランド語でハモ、つけたいもんじゃ。


来年の抱負は豊富。(豆腐はふーふー)

『日本経済新聞』に「プロムナード」という随筆のコーナーがあって、2012年上半期の月曜担当がサトチョンになります。
(でも2日と9日は休日特別誌面で、16日からです。)

ちなみに他の曜日は

火)沖方丁
水)俵万智
木)木内昇
金)鎌田敏夫
土)栗田有紀

鎌田さん以外、若い若い。よし、ここは思い切り、昭和の記憶を跋渉[ルビ/プロムナード]させていただこうか。

ちなみに、月曜日、2010年は上半期を菅啓次郎さん、下半期を栩木伸明さんが担当しました。お友達リレーになりますか。

もう一つ、
英語教育の問題を、現状批判ではなく、こうすればいいのにという提言にまとめていきたいと思っていたらアルクの『イングリッシュ・ジャーナル』がページを割いていただけるそうです。3月発売の4月号から、「英語習得を阻害しない英語学習」(仮題)の、連載をやってみます。

『インヒアレント・ヴァイス』(4月刊行)の邦題決定は年越しですね。ピンチョンお得意の「愛すべきダメ男」 の系譜に属するドック・スポルテッロが私立探偵をやるという話。会話がいちいち可笑しく、情景描写がいちいちかっこよく、まるで60年代が終わっていないみたいは高揚を読者に与えてくれる本。ピンチョンにしてはごたついてなくて澄んでいるぶん、逆に濃度が高まったように感じられる特別な言語空間、この味わいをなんとか、日本語で出したいのじゃ。

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年越しでがんばりますね。来年もどうぞよろしく。
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2011年12月20日

ハッピー・バースデイ、ディア・エンペラー

12月23日(金) 6:30 PM〜 「We've Always Loved You!」
      RadioTAKASAKI FM 720 ”Air Place”


It's EMPEROR'S BIRTHDAY, yeah!


一曲目、《皇太子さまお生まれになった》
78年前のおめでたき日。朝6時半、夜明けとともに、サイレンが鳴り渡りました。
北原白秋作詞、中山晋平作曲。3人の少女が歌っています。
http://www.youtube.com/watch?v=xgDz0yhBNDc
(国民的な慶事を歌にすることは、「大阪万博」以来消えてしまったようですが、こういうお歌は大切です。ぜひまた復活を。)

幼少時は暗い日本でした。でも昭和天皇は戦争中、10歳を過ぎた皇太子を軍に利用させず保護したといいます。戦後はアメリカ人家庭教師ヴァイニング夫人に学んでいます。どんなティーンズだったんでしょう。15歳、音楽の感受性の一番強い時期に、庶民の間で流行っていたこの歌は届いたんでしょうか。占領軍時代の日本人のだれでも知ってる明るい歌、 “バッテンボー” (buttons and bows)ちょっとラテンノリの、ダイナ・ショアでどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=vZsA7HQXXBE

ここから先は僕の記憶もありますわ。1959年4月10日、ご成婚。学校から帰ってきたら、家の座敷に座布団が敷き詰められて、近所のおばさんたちがテレビを見に集まってきていたっけ。

それにしてもミッチー・ブーム。長嶋茂雄、坂本九と、明るい昭和を代表するスターは多いけれど、このローヤル・カップルを凌ぐ存在はいません。その清潔な愛の盛り上がりを、ぜひこの曲で思い出してみたい。ご成婚と同じ週に、ビルボードのトップに立った−−
《Come Softly to Me》
歌詞がまたピタリですね。
I've waited, waited so long
For your kisses and your love
Please come, come to me
From up, from up above


エンペラーへの御即位は、当然ながら、平成元年でした。
その年のヒット、から、こんな曲はいかがでしょう。
http://www.youtube.com/watch?v=18xTQeRJK_U
「わたくしの持てる最良のものを国民に」−−そんなお言葉も、たまには拝聴いたしたく。

そうですよ、今年、大震災のあと、ビデオに流れたのが、66年ぶりの「玉音放送」だったというじゃありませんか。それって登場しなさすぎでは?
Please come closer to us. −−と、お恐れながら、ラブコールをお送りした次第。

《テニス》をテーマにした曲もかけますね。そしておわかれは、フランス・ギャルでどうだ。《アン・プランス・シャルマン Un Prince Charmant》 −−往年のすてきな王子様、ハッピー・バースデー!



2011年12月19日

壁と回路

サントリー学芸賞・受賞記念パーティ挨拶


2011年12月12日 東京會舘におけるサントリー学芸賞贈呈式のあと、二次会が、近くの「アリスアクアガーデン」という店で開かれました。その席で、乾杯の挨拶をしてくれと言われ、珍しく原稿を作っていったのですが、贈呈式のパーティで飲んでいるうちに、大和田君の受賞の言葉「僕はヒップホップなど黒人系の音楽を追いかけてきてよかったと思います。なぜなら彼らはいただけるものは全部いただくという思想で、白人ロッカーの、権威には中指をつきたてるってことをしないからです」に、コンチクショーと反応して、「どうせ俺たちはロックはカウンター・カルチャーだと信じたおめでたい世代だよ」と中指を突き立てたくなった。で、用意してあった原稿の、最後の「いましめ」のところだけを強調した、「くたばれ団塊、朽ち果てろラバーソウル」の挨拶になってしまったという次第。無駄になった原稿を、ここに掲載します。

〜〜〜〜〜〜〜

いきなりですけど、壁と回路の話をします。回路というのは、人間の中にも外にもあります。よく知られた2種類の回路を想定してみましょう。

まず、「感じる/音楽に反応する」こと(感覚的・無意識的・美的な領域)を「考える・表現する」という意識的な事柄に結び合わせる、脳内的な回路。「感受性」とか「センス」とかいわれたりするのがこれです。
二つめに、「考えたこと」を「世」に流通させていく社会的な回路。人の思考って、流通している言説の影響下にあるわけですよね。ポップスを語る言葉は、特にマスコミを巡るので、一元的な言説の制御を受けやすい。それに押しつぶされずに自分の思考を発信していくための回路づくりが必要になる。

大和田君、輪島君の二冊の本を見て、うらやましく思うことは、どちらの回路も根詰まりなく流れているさまが、見えてくるところです。

明らかに、世の中変わりました。

ポピュラー音楽に限っていっても、今年、象徴的には、中村とうようさんがなくなりました。そして『ミュージック・マガジン』や『レコード・コレクターズ』はいまも刊行が続けていますが、たとえば『アルテス』という、より流動的な視座を持って音楽を考えるための媒体が、生まれるに展開になっています。

 僕は大和田君の生まれた70年に大学生になり、輪島君の生まれた74年には−−レノン、ザッパ、サリンジャー、ケルアック、キージーなんて名前を並べながら−−卒論を書いていました。その時代に大きく被ったのが、たとえば、中村とうようさんの折れない、自分を曲げない意志のといったもの。同じ『ミュージックマガジン』という媒体で、後に5000冊の洋書紹介という、というとんでもない規模の業績にまとまっていく三井徹さんの、不動のスタンスにも畏怖の念を抱いてきました。

 こういう過去の巨人たち――と、もう言っちゃいましょうか──に、そうした不動の生き方を可能にした――あるいは強制した――ものとして、さっき言った二つの回路の「詰まり」があったわけです。回路のスムーズな流れを阻害する社会的・政治的体制です。

さまざまな壁があって、その中で権威権益が守られていて、その総合的な結果として、美空ひばりだとか、ジェイム・ブラウンだとかという名は、ニーチェやレヴィ・ストロースや夏目漱石とは同じ場所で扱わないという、言説の切り回しが機能していました。そうした時代に、壁に立ち向かうには、力が必要で、その力には自然と力みが伴ったのだろうと思います。

メディア文化が発達しながら、いまだ近代の知的階級制度が守られていた時代だからこそ存在した壁。それは今、崩れました。ほんとはずっと前から崩れてるんですが、そのことを、改めて追認するお祭りが、本日ミレニアムから数えて12年目の12月12日、大和田・輪島ご両人の受賞という形で執り行われているわけです

ご両人の本の成立プロセスをみても、物事がよく流れているようすが窺えます。まるで音楽みたいです。だいたい博論でやったことと違ってますよね。大和田さんは慶応経済→同志社のアメリカ研究→慶応の英米文学というルートでメルヴィルで博論を書いた。でも、巽孝之さんがいらしてる前で言うのもなんですが、メルヴィル研究者としては名前を残さないでしょう、きっと。

 で、この『アメリカ音楽史』という本も、ポピュラー音楽の授業をやってみたら、こういう本が必要になった――というので、教室という場でのインタラクションを軸に据えて書いていった。そういう本です。ツイッター世代の反応のよさ(リスポンシビリティ)が倫理として立っている。

 輪島さんの場合は、もう少し−−ニューアカ時代の流行の言葉でいうなら−−パラノです。もともとアフリカや中南米の音楽に関心をもち、その関心を、東大の美学で、サンバという音楽がブラジル国民音楽として政治的に作り上げられていく過程をあぶりだす論文にまとめた、と聞いています。その研究のなかで鍛えられた見方、思考パターンを、日本のポピュラー音楽に向けてみたら、演歌というものを通して、同様の「ニッポンの心」というものの神話がデッチ上げられている。そういう発見があった。それを文献的・音源的にきちんと調べた、そういう仕事をされたわけです。

 そのような、自らの軸を固めていく研究姿勢は、僕のような固着型の人間には共感するところが多いんですが、しかしやはり、IT革命以降の時代に成長してきた彼をとりまく研究環境は、うらやましいほと違っています。で、結果的に、インスティテュートの中で博論として評価された書き物とは別の本で、こういう大賞を受賞してしまった。それだけじゃなく、輪島さんの文章を読んでいると、面白いのは、そのスタイル。文章を書きながら漫談的につぶやいちゃう部分。演芸的な文体とプロデゥース感覚を持っている。それが今後どう花開いていくのかという点にも注目したい。

 誰でもいうことですが、YouTube や Ustream の時代です。音楽だけじゃなく、研究も、学会の討論も、流れるように動き始めた中で、これからの時代、学術的説得力というものが、どのように形を変えていくのか、楽しみにしていようと思います。



最後にひとつ、ちょっと有頂天になっている自分自身を戒めるために言い添えておきたいと思います。

 今回の受賞は、あたらしい時代の始まりを告げるものというよりは。50年前ほど前から徐々に徐々に進行してきた、パックス・アメリカーナへの日本の文化的適応、その最終段階をかざるものだという気がしてなりません。

 ぶっちゃけた話、今回起きたことは、団塊の世代の審査員が、団塊ジュニア世代の書物を、その音楽へのアプローチにおいて評価し、権威づけたという出来事です。これが2010年初頭におきた。ブーマー世代が60歳になって行ったこと。

 ここに至る出来事は、日本文化のさまざまな局面・領域で過去50年続いてきたわけです。最初は田代みどりのような可愛い小学生歌手が、8ビートの歌を上手に歌うというあたりから始まった。雪村いづみがグルーブを摑めなかったロック時代のポップスを、まず最初に再現できたのは伊東ゆかりや弘田三枝子を含む団塊世代でした。

 この世代+弟妹たちが20歳を越えたあたりから矢沢永吉、大滝詠一、吉田拓郎、井上陽水らをトップランナーに、日本の歌の身体を変えていくような音楽創造が始まりました。それから数年、ジミ・ヘンドリックスやヴェルヴェッツのサウンドにについて書き浸った村上龍の小説が芥川賞とったり、ジャズやポップスに親しんでいるがゆえの文体をもつ春樹さんの仕事に世界が共振していくということが起こり、音楽→文学→思想→教育(これはまだかな、90年代に僕も新風を起こそうとはしたんですけどね)とブーマー世代が年を重ね、注目と権勢を得ていく過程で、われわれのテイストにそうような「刷新」がいろんなところで起こったわけです。(アメリカでは、90年代を、サックスの息遣いでしゃべれる大統領が治めましたね。)その最後の仕上げてとして、60代になった団塊世代の学術賞選考委員が、ポップス研究を特別に取り上げて微笑んだ、というのが、正直なところだと思うんです。ご両人の本が受賞にふわさしい内容を持つことは熟知しているつもりですが、その上で、今回のダブル受賞には、与える側のパフォーマンスも働いただろうと。演歌とブラックミュージックが、今日の「進んだ」60代の学者に特別に輝くのであれば、Let it shine. その順風に乗って世の中を動かしていけばいいわけですよ。

 ともあれ、時はめぐり、世代は交替します。大和田君や輪島君が、現代の学生の前に、偉い先生として現れて、カタコト歌謡やヒップホップについて教えるという時代がやってきた。もうこれからは団塊ジュニア世代におまかせ、その世代が自らのタームで、パクス・アメリカーナ以降の、不確定な時代を照らしていってほしいと、かように思う次第であります。以上。乾杯。
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2011年12月18日

英語を学ぶのに学校は必要か?

 −−ニッポンの無機能システム(2)


今月号の『群像』の随筆でも紹介されてもらったが、このサイトごらんあれ。

http://elllo.org/

・1100以上のナチュラルな会話が、シナリオ付きで並んでいる。
ためしにここをクリック
そして 三角マークをつついて音声をスタートさせる。

 これのように少し考えさせるテーマだと、英米人間の英語でも、スピード的についていきやすい。ふつうの若者がふつうの会話をしていて、特別優れた考えを述べているわけではない。一番の練習は、とにかく口でついていけることを目指すこと。三分全体はきついが、これと思う発言を決めて、繰り返し、シンクロして発声してみると力になります。

 必ずしも適切なフレーズにではないが、フレーズの解説を英語で聞くことができるのも、このサイトの優れた点。→スクリプトの青地のフレーズをクリックしてみてください。

・ニュースの英語もよりどりみどり入っています。ちゃんと教材として読み直しているので、BBC や ABC より、外国人学習者にとって聞きやすいものとなっています。
http://elllo.org/english/NewsCenter/N01-OilSpill.htm
 ニュースとなると純粋聴解ですね。単語をコンテクストの中で覚えていくには、最初から音声とともに得ていくのが有用です。

・Video では、英語をしゃべっている外国人が、日本人も含めいっぱいでてくる。
外国人だから、刺激になるし、聞きやすい部分もある。動画で顔が見えるのもいい。
http://elllo.org/video/1101/V1144-Shipwreck.htm

・知ってる歌を、歌詞を見ながら一緒に歌うことができる。
http://elllo.org/english/Songs/M018-BlueMoon.htm

特筆すべきは、これだけの学習空間が、今では無料で開かれているということです。(15年前、10万円で売られていた英語教材CD-Rom よりも盛りだくさんですよね。)

来年、再来年と、さらにぼくらの役に立つ、実力養成サイトができていくことは間違いありません。
そんななかで、文科省がモノポリーとして運営している、でも実力養成の役を果たしていないことは誰でも知っている、全国民を巻き込んだ英語ビジネスはどうなっていくのでしょうか。

ひょっとして小学校への英語導入は、インターネットの自由な展開に怖れをなした政府=業界の打った、Get it while you can (しぼりとれるところから取っておこう)という策だったのでしょうか。

でも、つくづく、面白いです。日本の英語をめぐる資本の流れ。

耽溺をつくりだして資本を回すというのは、19世紀にアヘンを使ったどこかの国のやり方と、共通点があるみたいですしね。

こんなサイトも紹介しておきましょう。あなたがネイティブなら、ほとんど無条件に応募できる、日本で英語を教える仕事。
https://www.interacnetwork.com/recruit/
Apply Now → をクリックしてみてください。

だんだん、サトチョンの書くことも、陰謀論的になってきた? ピンチョンの読みすぎか?
それはともかく、ニッポンの無機能の例題として、英語学習の問題、考え続けていきたいと思います。
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2011年12月16日

咲かせよう、フルーツ・スキャンダル

12月16日(金) 6:30 PM〜 「キーウィとパパイヤ・マンゴーズ」
      RadioTAKASAKI FM 720 ”Air Place”



今週月曜は、今年のサントリー学芸賞の授賞式。
同じ晩、文学芸術部門を独占したポピュラー音楽研究の二作の、合同のパーティが開かれました。

そのバーティに登場したのが、
『創られた「日本の心」神話』での受賞者 輪島裕介さんのお仲間のバンド

Kiwi & the Papaya Mongoes
日本語では、語呂よく、「キウイとパパイヤ、マンゴーズ」となります。

わたくしことキウイ佐藤、そちらの、女性のキウイさん(Kiwi O'hashi)と楽しくお話ししてまいりました。
そちらのキウイさんは、別名「典子さん」といいまして、神楽坂の味扇というお店で三味線を弾いてらっしゃいます。
(このお店毘沙門天の近くで楽しそう。ホームページも充実してますよ)

投げ銭したらいただけたCDの収録曲では《おてもやん》がすんげえグルーブつくってた。これかけちゃいますね。

♪ピーチク パーチク 雲雀の子 
ゲンバクなすびの イガイガドン

おてもやんの時代に原爆はなかったが、杉田玄白が改良した茄子はあったのだとか。
ことしはゲンパツ役人の、わけわからん説明でイガイガさせられたぞな。

こちらで聴けますよ


もう一曲、あまりに素直な生活密着ナンバー
《帰ろう 〜埼京線のテーマ》
もかけま〜す。
わたしも20年通勤しました。新宿湘南ラインができるまでは埼京線ばかりでした。

はい、今日の入りは、これっきゃないかな。
あまりに80年代的な、中原めいこのオリジナル曲

《君たちクイ・パパイヤ・マンゴーだね》

♪ 咲かせよう、フルーツ・スキャンダル
の感覚、ふたたびまた、日本列島に満ちてこい!

キーウィ佐藤が永遠のライバルと目す、パパイヤ鈴木のお歌もどうぞ。

2011年12月08日

シャラララ・ウォーウォー

12月9日(金) 6:30 PM〜 「そして最後にシュブン・シュブン」
      RadioTAKASAKI FM 720 ”Air Place”



カーペンターズの《イエスタデイ・ワンス・モア》の、サビの入りはこういう歌詞です。

Every Sha-la-la-la every wo-o-wo still shines . . .
Yesterday Once More short.m4a

「そのシャラララの一つ一つが、ウォーウォーの一つ一つが今なお輝く」んだそうであります。

シャラララで、僕が思い出すベストというと、これかな。ビートルズもやっていた、ヘレン・シャピロの《Baby it's you》。
http://www.youtube.com/watch?v=P_Ez2y9W5NA
このシャララ・コーラス、ちょっとスペシャル。

もう一つは、テンプターズがライブの一曲目によく使ってた「今日を生きよう」
なんたって、ワンツースリフォーに続けて、
「シャーラーラララ、おまえが、シャーラーラララ、好きだよ」とくる。
こういう「しゃららくさい」ナンパとか、60年代はできたんでしょうか。どうもそのようですな。

ここ原曲(グラスルーツでは)
Sha-la-la-la-la-la live for today。うん、シャラーって感じで今を生きる、これはできそう。
14 Let's Live for Today.m4a

Wo-wo はいっぱいありますよ。
「ウォウォウ・ウォウォ イェイェイェー、オー・リル・デブ」と飯田久彦が歌ってました。原曲ニール・セダカ。
http://www.youtube.com/watch?v=x2Nbk1hTFug

ニールセダカには、
「カマカマダンドゥビドゥダンダン」という長いのもあって、これをまたカーペンターズが近親的にカバーしていました。
http://www.youtube.com/watch?v=wpulStzGv4A

1965年くらいまで、多いんです。「シャラララ」と「ウォーウォー」と「ディンガリンガリン」。これらの発声がポップスの神髄でした。
それを脇に追いやったのが、象徴的には、ボブ・ディラン。でも今日はクールを忘れ、心のフィジカルな弾みに身を委ねよう。

さて本日の一押しです。「シュブン」
http://www.youtube.com/watch?v=SBgQezOF8kY
「シュブン」に対して「ワキン」って返していいですかね。「シュブン、ワキン、デメデメデメデメ……」

2011年12月07日

日本の「電気」と「英語」のまかない方

ようやくだ。これだけのことがあって、これだけ晒し者にされてようやくだ。東電が、そのモノポリーの支配をあきらめた。他の発電事業者から電力を買うという。

その動きがはじまるまで、これだけの、独占企業者だけに許される優雅な怠惰ぶりが、(政府/専門家集団とつるんだ)非プロフェショナルな相互の甘やかしの実態が、暴かれなければならなかったのか。

原発の被害は誰の心にも染みる。

一方で、僕らが英語を学ばされ、官僚エリート/お抱え業者/実力なき専門家のたるみきったモノポリー事業ゆえに、英語のできなさを学んでしまい、そこからなかなか出られずにいる、その国家的被害の惨状は、英語をできなくされた国民の心には届かない。

なぜ日本の英語教育が機能しないか、その根本的な構図を、今回の東電の事故とパラレルに考えてみることは、解決策の模索のためにも、有用である。

根本的な問題はここだ:
サッカーでも音楽でも、技能教育は政府モノポリーの教育下では体裁しか整えられないもの。ところが「英語」という実技は、「国語」「数学」と並ぶ−−受験の重要度ではそれ以上の−−主要な「学科」にされてしまい、たくさんの時間を投入され、あまりにもひどい学習環境のなかで、生徒の頭が、文字通り fucked up されている。(多くの場合、先生がたの善意と努力にもかかわらず、学校を通して行われる授業は、全体として見た場合、英語習得に害をもたらしている)そうなると、大人になって、いくら英語を勉強し直そうとしても、なかなか心がうけつけない。そこにまた別の業者が、甘いセリフでつけこんできて、媚薬ビジネスを栄えさせる。

この事態をシステムとして作りだしているのが、一群の「権益を守られた人たち」の惰眠である。彼らがどれほど緊張感を欠いた中で、いかにたるんだモノポリー・ビジネスを展開してきたか、その現状と長い歴史の集積が分析されなくてはならない。英語教育を専門とする者は、みずからその権益にあずかることばかり考えないで、未来の日本を作る仕事にかからなくてはならない。

そして、その力のある個人や団体が英語教育を「自家発電」し、「すべて自前で発送電」の構えを崩していない文科省/専門家/お抱え業者の低品質のマネージメントを打ち崩していかなくてはならない、イェイ。
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2011年12月06日

『ライブシーンよ、どこへいく』

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ものを考えることと音楽を演じることとの間に分裂があった時代が長く続いた。両者のギャップが世代や文化の傾向としては閉じてきたことを、この頃とみに感じる。

宮入恭平さんは、ライブハウスでライブをやり、大学院の「コミュニケーション学研究科」に学び、非常勤講師をしながら、2008年に『ライブハウス文化論』という本を出した。その宮入さんから、この秋、この本が届いた。クラブシーンに詳しく肩書きが “ファッショントレンド調査者”という佐藤生実さんと組んでまとめた、日本のライブシーンの諸相である。カバーした領域は広い。

第1章:コンサート  第2章:ライブハウス   第3章:クラブ   第4章:フェス
第5章:ストリート  第6章:インターネット  第7章:アキバ系  第8章:発表会

http://www.seikyusha.co.jp/books/ISBN978-4-7872-7311-6.html

それぞれに一章ずつ振り当てて、数多くの統計図表と共に、現状をまとめて報告している。

そこから浮かび上がってくるのは小さくなりながら元気を保とうとしている日本のポピュラー音楽界の姿だ。小さくなって、必死の営業努力を続けながら、でも見かけは楽しく穏やかに流れていく、このごろの日本の音楽シーン。
かつての反体制だったロックとともに、人生観社会観を組み上げてきたサトチョンなどの目には、小さくセンシティブにまとまりながら、それでも音楽を、僕らの世代以上に生活の核として、やさしく大事に抱えながら生きている21世紀人が、「未来人」として見えてくる。

ところで、この本が形をとっていく初期段階に、僕はたまたま、JASPM(日本ポピュラー音楽学会)の研究活動のまとめ役として、居合わせた。そして京都女子大での全国大会の「ワークショップ」のフロアから、音楽への「愛」や「夢」の話はどうするの? というイタズラぽい質問を投げかけた。

その質問への一応の答えとおぼしきものが、この本の序章と終章で、律儀に書き込まれていることも付け加えておこう。

「パフォーマーとして、僕はライブハウスシーンに違和感を覚える」
「オーディエンスとして、わたしはクラブシーンに違和感を覚える」

著者の二人は、この違和感から出発したという。
だけど、各論になると統計社会学、あるいは音楽産業論の資料的研究の域に収まってしまうきらいがある。

愛することと論じること、歌うこととそのビジネス。むずかしいんですよ、これ、混ぜるのが。

宮入さんは現在、複数の大学で非常勤講師を続けながら、ライブハウスでの活動を続けている。片方で言葉を語り、もう片方でギターを弾き音楽を発している。

http://homepage.mac.com/kyohei_miyairi/

この二つのことが、一つの場で、どのようにクロスオーバーしてくるのか、勝手な期待を馳せていいでしょうかね。なぜならその複合的トポスからこそ、愛も夢も、反骨も諦念も、みんな含んだ一個の人間の《ライブな生き様》が発信されるのだと思うから。
つまり本自体は二の次ってこと。

音楽と思考をインテグレートすること、これは現代の感受性にとって、とても基本的かつチャレンジングな問題なのだと思うのですよ。
はい、以上が感想でした。
posted by ys at 18:17| Comment(0) | いただいた本の紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月02日

今年の「ポピュラー音楽学会」年次大会は大阪市立大です。

JASPM23 は、12月10日と11日の週末です。
会場=大阪市立大学:大阪市住吉区杉本3-3-138



12月10日(土)
13:15〜16:30
シンポジウム 法学部棟3F 730教室(非会員の方も、シンポジウムだけなら1000円の参加費で聞くことができます)

『危機の音楽/音楽の危機? −「災後」社会の音楽とメディア』
基調講演:津田大介(ジャーナリストもしくはメディア・アクティビスト)
「現在の音楽ビジネスとソーシャルメディア・社会」
パネリスト:津田大介
      毛利嘉孝(東京藝術大学)
      森彰一郎(プロジェクトFUKUSHIMA!)
      小川博司(関西大学)
司会   :安田昌弘(京都精華大学)



日曜日の研究発表やワークショップなど、詳しくは
JASPM23 第23回日本ポピュラー音楽学会年次大会の公式サイトをごらんください。
http://jaspm23.wiki.fc2.com/



posted by ys at 14:45| Comment(0) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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